第5回 「信頼」を対価に変えるメカニズム

顧客・競合・社内のいずれの視点でも、”信頼”起点の対価を獲得しうる

 ここまで、「信頼」を対価に変えたいくつかの企業の事例を紹介してきました。ただ、一口に「信頼」といっても、製品・サービスの価値を担保するという意味での信頼や、社会にとって有益な行いをするという意味での信頼など、その言葉の意味するところは各事例ごとに多少異なっていました。今回はこの「信頼」という概念と、それにより得られる対価との関係について考察してみましょう。

 なお、議論の簡略化のために、ここでは企業が製品・サービスを提供することで得られる金銭的価値の総体を「対価」と呼ぶことにします。実際には、単価(ひとりの顧客から受け取る対価)を下げてより多くの数量を販売することで、多くの利益を得ようとするケースももちろん存在します。

目次

対価の決定要因

 製品やサービスの対価、すなわち価格は、一般的には顧客が抱く「価値の期待値」「競合他社の強さ」「自社のコスト」の3つの要素によって左右されます。

 このうち、もっとも基本となるのは顧客が抱く価値の期待値です。製品やサービスの価格は、企業の戦略により高低がつくことはあるものの、それを購入することで得られる価値の期待値に近づいていきます。最終的に顧客が購入の意思決定をするのは、それが自らが支払う金額に見合うと考えた結果だからです。

 強力な競合他社が存在する場合は、最終的に自社の製品・サービスを選んでもらうために、より低い価格を提示するというのもよくある話です。他社がいなければ顧客の期待値のレベルまで価格を上げることができますが、競争が発生すると下げざるをえず、やがてはその下げた価格が相場となり、顧客が対価を支払うかどうかの判断基準になります。

 また、顧客や競合の動向により形成される価格水準を下回るコストで、自社が製品・サービスを提供できるか、というのも大きなポイントです。もちろん、製品の投入初期に一気に普及を図ろうとして採算度外視で販売する、といった戦略もありえますが、中長期的にはやはり利益を得られるレベルに価格を設定し、赤字が続くようならコストを下げるか撤退も視野に入れるというのが基本です。

 つまり、中小企業が対価を増やそうと思うならば、その製品やサービスに対し顧客が抱く期待を大きくする他社との価格競争を避けるコストを極力抑える、という3つが基本的な道筋になります。そして「信頼」を戦略的に活用することにより、先に挙げた3つの道筋のいずれにおいても良い効果をもたらすことができる、というのが当社の考え方です。

「信頼」を対価につなげるための3つの道筋

 まず、顧客が抱く期待を大きくするという点について。顧客からみたときの製品・サービス自体の魅力と、それが期待通りに提供される確からしさを高めることが、期待値を大きくすることにつながります。

 前者については、製品・サービス以外の価値、例えば環境保護に貢献するとか、社会的にクリーンであるといった価値を付与できれば、顧客の期待を高めることにつながる可能性があります。後者については、例えば基準に満たない製品やサービス(いわゆる”はずれ”)を提供してしまう確率を下げるといった活動が該当し、これはまさに企業の信頼そのものともいえます。この点については次回以降深堀りしていきます。

 2つめの他社との競争という観点では、「信頼」の活用により顧客の期待値を引き上げること自体が、競争力の向上という意味でプラスに働きます。しかしそれ以上に大きいのは、競争に新たな評価軸を加え、低価格化を抑制できるという点です。例えば、近年脱炭素の動きが重視されるようになっており、サプライチェーン全体のCO₂排出量を削減するという取り組みが拡がっています。このCO₂排出削減への貢献は、製品の性能やサービスの効果といった従来型の評価軸とは異なるものですが、いまや取引相手を選ぶ要因のひとつになっています。このような場合、仮に低価格の競合品が存在したとしても、CO₂排出削減効果がなければ競争の土俵に乗らなくなるため、価格競争を回避できる可能性が生まれます。

 もちろん、こうした新しい要素もひとたび認知が広まれば他企業も追随し、最終的に価格競争が進む可能性はありますが、それまでは自社だけのセールスポイントとして、競争を緩和させる効果があります。海外の先進企業のなかには、自社の製品・サービスが関係する社会問題に意図的にスポットライトを当て、先行して課題解決を図ることで「信頼」を意図的に生み出し、政府も巻き込んだ自社に有利なルールメイキングを進めながら、自社が得る対価を維持・向上させる例もあるほどです。

  3つめのコストの観点では、外部との”信頼”を強化することにより、取引に至るまで、あるいは継続する上での取引コスト抑制・スピード向上といった効果があります。加えて、自社の「信頼」の向上を目指すことで、不測の事態に対する事業の継続性を高めたり、社会的に不正な行いを抑制するといった方向に社内の意識を向ける効果も期待できます。一般的にこうした取り組みには一定の追加コストが必要になりますが、ひとたび大きな問題が発生した際に発生する莫大な潜在コストの発生を抑制できるという点では、全体としてコストを抑制していると見なせる場合もあるでしょう。

 もちろん、この議論の前提にあるのは、顕在化している顧客のニーズを企業が一定程度満たせている状態にある、という点です。顧客が期待する価値の水準を満たすものを提供できていない場合には、そこを満たす能力を身に着けることが対価向上に直結するので、まずはそちらに注力すべきということになります。ただ、そこから先の対価の獲得については、ますます不確実性が増していくというこれからの時代背景も踏まえると、「信頼」の戦略的な活用が必須になると当社では考えています。

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