第11回 “脱炭素”の取り組みによる対価の獲得(前編)
これから数年というレベルの短中期的なスパンのなかでは、企業にとって社会への貢献が必ずしも対価につながるものではない、というのはこれまでにも述べてきた通りです。一方で、広くビジネスとの連動が確立されつつある領域も存在しており、気候変動対策・脱炭素社会実現に向けた取り組みはその最たる例といえます。
今回から数回にわたり、これからの企業にとっての脱炭素分野の取り組みの必要性と、そのなかでどのように”信頼”を確立し、対価獲得を狙っていくべきかを考えていきましょう。
”脱炭素”は社会的要請が既に顕在化している代表的なテーマ
SDGsをはじめとする持続可能な社会実現に向けた取り組みやその重要性が、小中高における学習指導要領のなかで近年相次いで明記されるようになったことはよく知られています。そのような教育を受けた子供たちが消費の中心を担う10年後・20年後には、社会への貢献が当たり前に対価に変わる時代が訪れるかもしれません。
だとすれば、このコラムを執筆している2024年時点は、企業やビジネスにおいて社会への貢献、そしてそれによって培われる”信頼”が必須要素となる前の移行期ともいえるでしょう。将来にわたり存続・発展を目指す企業は、この移行期において自社の”信頼”を徐々に構築し、それによる対価を得ながら、再投資・成長のサイクルを回していく必要があります。
その際のテーマ選定は、各企業の事業環境・強み等に応じて慎重に行われるべきですが、多くのケースで検討に値すると考えられるのが”脱炭素”の取り組みです。
気候変動対策・脱炭素社会の実現に向けた取り組みは、既にその必要性が社会的に認知されており、取り組みの評価手法・定量目標など一定のコンセンサスが既に形成されています。
また、サプライチェーンの下流に位置する大手企業もその多くが脱炭素への取り組みを表明しており、特にその上流に位置するビジネスにおいては、脱炭素への貢献効果が購買要素となる環境が整いつつあります。
脱炭素の領域では、既に社会的ニーズや活動の評価がなされる土壌ができあがっており、それを進めなければならないプレイヤーも多く存在するので、”脱炭素”の取り組みが理解・評価される可能性が高く、その分金銭的対価を得るチャンスも大きいというわけです。
なお、CO₂の排出量と気候変動との関係や、脱炭素に向けた国際政治の動向等について懐疑的な声を上げる人も少なくありません。とはいえ、その真偽はさておき、企業経営・ビジネスの範疇において脱炭素の流れを完全に無視することは、事業機会の逸失や批判リスクを考慮すると合理的ではない場合が多いというのが当社のスタンスです。
中小企業であっても、脱炭素による取引・収益機会の拡大に着目すべき
なぜ脱炭素が対価につながりやすいのか、という点についてもう少し具体的に考えてみましょう。
2015年のパリ協定合意に代表される国際的な脱炭素社会への移行の流れの中で、近年、数多くの大手企業が相次いでCO₂排出削減目標を設定し、対外的に宣言しています。
その目標の妥当性を評価する上で、SBT(Science Based Targets)と呼ばれる水準を満たすかどうかが実質的な国際標準となりました。そしてある企業の目標がこのSBTのレベルを満たすかどうかの判断基準のなかに、サプライチェーン上流・下流におけるCO₂排出削減への”野心的な”貢献が求められています。
すなわち、これからの大企業が、自社が脱炭素社会の実現に貢献していると国際的に見なされるためには、サプライチェーン全体の思い切った削減をコミットせざるをえなくなったのです。
各企業のCO₂排出削減目標は2030年に設定されているケースが多いため、2030年あるいはその数年前のタイミングから、”脱炭素への貢献”という要素が、サプライチェーン全体での製品・サービスの選択に与える影響が大きくなっていくと考えられます。
もちろん、各企業が将来、対外的に宣言していた目標を達成できないことを許容する、あるいは何らかの理由で放棄するといった可能性もあるので、全てのケースでCO₂排出量の削減が決定的な購買要因になるわけではありません。
ただ、目標やターゲット年、定量化手法に関する社会的コンセンサスが既に一定程度確立された脱炭素の分野においては、取引拡大の機会・乗り遅れることによる失注ロスが今後ますます拡大していく可能性は高いとみられます。中小企業であっても、対価獲得を伴う形での取り組み強化を、2020年代後半も見えてきた今のタイミングから検討していくべきです。