第12回 脱炭素への取り組みを対価につなげるために(中編)
前回のコラムでは、中小企業が対価獲得の観点で脱炭素に取り組む意義・考え方についてご紹介しました。今回からはその続きとして、脱炭素の取組みを対価に変えるための具体的なステップについて、多くの企業に共通すると思われる部分を中心にご説明していきます。今回は、CO2削減の投資に踏み込むまでの戦略策定について取り上げます。
ステップ0:脱炭素による対価獲得への道筋再確認
当社のクライアント様が脱炭素・CO2削減に取り組まれることになった際は、「本業における対価の向上とセットで考えるべきですよ」と初めにお伝えするようにしています。脱炭素に限らず、社会的に意義のある活動に取り組むことは素晴らしいことなのですが、それがコスト負担となり本業を圧迫するようでは、体力に余裕のある大企業でもない限り、長く続く取り組みにはなりえません。
中小企業の目線からは、脱炭素・CO2削減が直接の顧客にとってのメリットになり対価向上が見込めるか、自社のコスト削減につながる期待が充分に持てることを確認してから投資を行うのが賢明だと考えます。そこで得られた余剰利益をさらなる脱炭素の取組みに振り向けることが可能になるからです。
コンサルティングの実務上では、例えばクライアント様が次のような状況にあることを確認できなければ、いきなり多くのリソースを振り向けるのはリスクが大きいため、まずは後述の”現状の可視化”のみをまず実施することをお勧めしています。
- 取引先が脱炭素への取り組みを明確に求めており、取引機会の維持・拡大に直接つながる可能性が高い
(例:自動車産業等、大企業がサプライチェーン上の他企業にも取り組みを求めている) - 自社が脱炭素に取り組むことが、ユーザーにとって直接のメリットとなる
(例:製品の燃費を向上させることで、自社はCO2削減への貢献をアピールでき、ユーザーは燃料代を節約できる) - 現在多くの燃料・電力を使用しており、エネルギー消費削減に取り組むことで自社にとってのコスト削減メリットが大きい
- 地域社会や金融機関から直接の要請を受けている。または自社が社会に貢献する企業であることをすぐにアピールする必要があり、かつ他に良い材料がない
脱炭素は確かに世界的なムーブメントではあるのですが、本格的に進めるとなると投資が必要な部分が大きく、まずは取り組みの必要性や、力の入れ具合を慎重に見極める必要があります。
ステップ1:現状のCO2排出量の可視化
脱炭素の取組みを検討されている企業様にまずお勧めしているのは、”どの領域で、どのぐらいのCO2を排出しているのか”という現状把握です。CO2の排出量の把握・計算となると、「専門的で非常に難しいのでは・・・」とお考えになる方も多いのですが、考え方自体はそれほど難しいものではありません。
具体的な計算方法自体は環境省や多くのサイトで既に紹介されているので詳細は割愛しますが、基本的には「CO2排出量=活動量 × 排出係数」を、様々な活動毎に積算するというシンプルなものです。
ここでいう活動量については燃料や電力等の購入量を用いるケースが多く、伝票を集めて集計するという手間は生じるものの、例えば既存の経理の仕組みと合わせて運用するなど、大きな追加投資をせずに試してみることが可能です。
また、排出係数については、主要なものは環境省のウェブサイトに掲載されているものが活用できますので、現状をざっくり確認するレベルであれば投資・工数はほとんど必要ありません。
算定の範囲については、自社自身の企業活動に使用するエネルギー源から排出されるCO2(いわゆるScope1, Scope2)や、サプライチェーンの上流・下流から排出されるCO2(いわゆるScope3)などが代表的な区分として存在します。いずれも基本的な考え方は「CO2排出量=活動量 × 排出係数」であり、正確な計算が困難な場合は推定値で代用することや、排出規模によっては一部領域を算定外とすることが可能な場合もあります。
脱炭素への取組みを検討されているということは、何らかの必要性を感じていらっしゃることが多いため、当社ではまず最初に、この排出量の可視化を実施してみることをお勧めしています。
ステップ2-1: CO2削減目標の設定
脱炭素・CO2削減に取り組むことが事業として有益であり、かつ現状のCO2排出源が大まかにであっても把握できた場合には、具体的な目標、すなわちCO2をいつまでに、どれだけ、どうやって削減していくかを検討します。
脱炭素の領域では、これから企業レベルで目標設定する場合(特に外部に広く宣言する場合)は、既に国際社会や国家レベルで共通の目標が存在しているため、タイミング・削減量をそこに合わせるのが基本となります。
具体的には、以下の2つのレベルが目安となりうるでしょう。
- 2015年に締結されたパリ協定(”世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度より十分低く保ち、1.5度以内に抑える努力をする”)に整合するレベル
⇒ 2010 年⽐、2030 年には45%削減、2050 年前後にはネットゼロの達成を目指す - 2021年10月に示された日本政府の目標と同レベル
⇒ 2013年比、 2030 年度には46 %削減(さらに50%削減に挑戦)、2050 年にはカーボンニュートラルを達成
もちろん、重要な取引先や、業界が掲げる目標がある場合には、それと整合する、あるいはその先を行く目標を設定することも検討すべきです。競合他社の動向、社外から評価されるレベル(目標の高さに応じ、外部機関の評点が変わるケースもある)なども総合的に勘案しながら、自社の削減目標を設定していきます。
ステップ2-2: CO2削減に向けた戦略策定
現在の排出量やCO2削減目標の概要がみえてきたら、次はどこから実際の削減に着手するかを検討します。基本的には排出量の大きな領域から優先的に対応していきたいところであり、実際にそれを勧める意見もあるのですが、特に財務的余力の少ない企業の場合には、金銭的なリターンを得られそうな領域から取り組むべきというのが当社の考え方です。
ステップ0でも述べた通り、例えば顧客にとって直接のメリットが生じるのであれば、それを実現する製品・サービスの開発に注力し、顧客の使用段階でのCO2削減を優先するのがよいでしょう。また、省CO2型の設備に更新することで生産性の向上が見込めるのであれば、その投資を行うことを検討します。
脱炭素の取組みではありますが、あくまで本業としての利益(売上増・コスト削減)が見込めるところから優先して着手し、その成果としてCO2削減効果も生み出していく方が、多くの場合、継続しやすい活動になります。そして一定の余力が生まれたところで”削減効果は大きいが負担も大きい領域”に着手する方が、実現性、ひいては社会への貢献の期待値も上がっていくはずです。
あくまで事業と連動した形で取り組むこと、それが脱炭素に限らず、中小企業が社会への貢献度を高め、対価に変えていくうえでの鉄則なのです。
ここまで、脱炭素を対価に変えるための目標設定・戦略立案についてご紹介しました。次回は実際に活動を進めるうえでのポイントについてご紹介していきます。