第50回 信頼を失った企業が再起するための3つの鍵
信頼を失墜させてしまった企業にできるのは、誠実さと透明性を最大限発揮しつつ、以前より優れた企業になる道を戦略的・計画的に模索していくことです。
「もうこれ以上、御社の商品は扱えません」
地域に根差した食品メーカーのB社において、販売した商品の一部に異物混入が発覚し、地場の大手スーパーでの回収騒ぎに発展しました。問題は地元メディアでも報じられ、地域社会全体での評判も急落。一部の小売業者からは契約解除を検討されるなど、信頼を大きく失う事態となりました。
不祥事による信頼喪失は、企業存続の危機に直結します。特に中小企業では、売上の柱となる主要取引先を失うことが、即座に資金繰りの悪化や事業の縮小につながります。しかし、不祥事を起こした企業が全て淘汰されるわけではありません。真摯な対応と改善策を実行することで、再起を果たす例もあります。
今回のコラムでは、不祥事からの復活を目指す中小企業が直面する現実と、その克服のための具体的な行動について解説します。
信頼を失うことによる損失の連鎖
過去に築いてきた信頼や失った信頼が大きければ大きいほど、突発的な信頼喪失は企業の業績に深刻な影響を与えます。目の前の顧客が減るだけではありません。中小企業にとっては、例えば次のような損失が波及的に広がっていきます。
売上減少が直ちに経営を圧迫
中小企業の多くは、限られた顧客基盤に依存しています。一度信頼を失えば、主要顧客を失うだけでなく、同じネットワーク内の他の取引先にも不安が波及していきます。その結果、目の前の売上減少に加え、新規契約の獲得も難しくなります。
また、地域密着型の中小企業にとって、評判は非常に重要です。不祥事が噂として広がることで、地元の顧客や関係者から距離を置かれる事態にもなりかねません。
事態の収拾やクレーム処理に追われる
不祥事を起こすことで生じる顧客への直接的な影響に対処するために、通常多くの工数や費用が発生することになります。これはある意味やむを得ないともいえますが、実際にはそれにとどまらず、直接の利害関係者ではない相手からのクレーム対応なども少なからず必要になります。
ただでさえ収益源が減少していく中、こうした対応に追加のリソースを割かねばならなくなるため、信頼喪失は企業の体質を大きくかつ急激に悪化させていきます。これが信頼喪失の恐ろしい部分です。
社内の事業基盤をも揺るがす
単に追加コストが発生するのみならず、信頼の喪失は従業員の士気を顕著に低下させます。多かれ少なかれ、顧客や社会のためになると思って働いてきた従業員は、それが裏切られ、逆に社会から批判を受けることで、自社で働き続けるモチベーションを失うことがあります。
最悪の場合には離職を決断することも少なくありません。モチベーションの低下や人の入れ替わりが、結果として生産性や品質にも悪影響を与えることもあり、信頼喪失の影響が連鎖していくことになるのです。
信頼を再構築するための3つの鍵
負の連鎖を招く信頼喪失から立ち直り、不祥事からの再起を図るには並々ならぬエネルギーと根気が必要になりますが、過去の事例からみられる共通点を3つご紹介します。
1.初動対応の透明性と迅速さ
不祥事発覚時、最も重要な初動は、事実の迅速な公開と誠実な謝罪です。しかし、多くの中小企業では「騒ぎを大きくしたくない」「取引先が離れてしまうのでは」という恐怖から初動が遅れるケースが見られます。
しかし、不祥事が発覚した際の初動対応は、その後の信頼回復における成否を大きく左右します。特に重要なのは、「問題を隠さない」という姿勢と、迅速に必要な情報を公開する透明性です。不祥事そのものよりも、隠蔽や対応の遅れが信頼をさらに損ねる大きな要因となることを忘れてはなりません。
問題の事実を迅速に認め、真摯な謝罪を行うことが第一歩です。不祥事の重大性を軽視する態度や、責任を回避する姿勢は、かえって信頼の喪失を加速させます。
問題の発生原因を特定し、その調査結果をわかりやすく示します。具体的な改善策を併せて示すことで、「問題に真剣に取り組んでいる」という姿勢を明確にします。
従業員や取引先、顧客に対し、単発の謝罪で終わらせず、定期的な情報発信を行うことで不安を解消する努力を続けます。ここで重要なのは、単に「事実」を伝えるだけでなく、「これからどうするか」という未来に向けたメッセージを加えることです。
2. 再発防止策と信頼回復の実行力
初動対応が終わった後、再発防止策を策定し、それを確実に実行することで信頼回復が進みます。この段階では、具体的な行動と成果の可視化が欠かせません。
原因調査の結果を踏まえ、再発防止に向けた内部改革を行います。このとき、発生原因が人的なミス・悪意によるものだったとすれば、人に依存しない仕組みによる業務・管理へと移行することを目指します。また、責任の所在の明確化、リスク管理部門の設置など、組織による不祥事の防止も検討します。
再発防止策をどのように進めていくかを、進捗管理に用いる具体的な指標とともに表明します。また、その進捗の推移を数字と共に共有していきます。これにより、取引先や顧客からの信頼を少しずつ取り戻す必要があります。
ただし、当初想定していた通りに改善が進まないケースも当然ありえます。この場合も数値を水増しするようなことはさらなる信頼の失墜を招きますので、差が発生してしまった原因と対策、そして修正後の予測を誠実に示すことが大切です。
とはいえ実際には、進捗の遅れを隠したくなる誘因も強く働きます。ただでさえ経営が苦しいなかで、さらに課題を公表しなければならなくなるからです。気持ちは非常にわかるところなのですが、信頼を失った状態でこの隠ぺいをしてしまうと、内部からのリークなど何らかの形で結局明るみに出てしまうことも多いようです。この過程でいかに誠実さを保ち続けられるかが、信頼再構築の踏ん張りどころといえます。
自社だけでプロセスの再構築やその遵守を担保しきれない場合、外部の目を活用することも現実的な手段になります。例えば、品質管理や安全管理の専門機関から監査を受け、その結果を公開することで、外部からの信頼性を確保し、失われた信頼を補うことを考慮すべきです。
3.未来への価値提示
信頼を再構築する3つめの鍵は、過去の問題への対応だけでなく、「進化した企業」としての新たな価値を示すことです。信頼を取り戻すためには、単に謝罪や改善を行うだけでは不十分なケースが多く、特に不祥事を起こした後の企業に対し、多くの取引先は「また問題を起こすのではないか」「前と同じレベルに戻るだけでは不足だ」といった懐疑心を持つことがあります。
これを払拭するには、「以前よりも進化した企業として新たな価値を提示すること」が必要になります。例えば、以下のような取り組みが候補になりえます。これらの取り組みは、信頼喪失からの回復を目指す企業のみならず、信頼を訴求の武器にしていこうとする他の企業にも共通します。
- 商品のリブランディングによる創造価値の絞り込み
- 地元コミュニティへの積極的な貢献など、社会価値創造による信頼構築
- PRにおける情報開示の拡大
誠実さや安全性など、根本的な信頼を裏切ってしまった企業は、それを元に戻すだけでは競争に勝つことはできません。自社がどうあるべきかを問い直し、ビジネス全体を組み立て直すことで、顧客を確保していく考え方が求められるのです。
信頼を大きく損なうことは、時に企業の存続自体を揺るがすため、絶対に避けるべき事態です。しかし、ひとたびそれが現実のものとなった時、企業にとって残された道は、早期に事態の収拾に努め、二度と同じ過ちを繰り返さない体質をつくりつつ、以前よりも大きな価値を創造できるようになることを目指すことのみです。
そのために求められるのは、「失敗を糧に変える覚悟」を持つことと、信頼をマイナスの状態から回復させていく戦略的・包括的なアプローチです。大きなダメージを受けることで、取り得る選択肢は限定的になることも起こりえますが、そのなかでもできる施策を選び抜いて、粘り強く実行することで、再建の道が拓かれるのです。
著者プロフィール
トラスタライズ=信頼を対価に変えるコンサルタント
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
企業の「信頼を対価に変える」専門コンサルタント。
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、「信頼」を切り口に、顧客企業が売上・利益を向上させられる手法の研究・提言を行っている。
著者プロフィール
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代表取締役 池尻直人
企業の「信頼を対価に変える」専門コンサルタント。
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、「信頼」を切り口に、顧客企業が売上・利益を向上させられる手法の研究・提言を行っている。
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ポイント3:信頼を可視化・証明する仕組みの作り方
ポイント4:信頼から確実に対価を得るための訴求のやり方
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価 格:¥2,200 (税込)
発売元:日本コンサルティング推進機構