第62回 現場に響く経営計画づくり~信頼構築と心理的安全性で組織を変える

経営計画策定への従業員参画と心理的安全性確保で「未来の実現力」を高めよ

経営計画の策定や運用に際し、従業員の参画を促すことはその効果を高めるうえで有効ですが、同時に心理的安全性にも適切に配慮することが大切です。

「現場の従業員が主体的に動いてくれなくて、経営計画が絵に描いた餅になることを懸念しています…」

神奈川県で製造業を営むT社の役員からこのような相談を受けたのは、中期経営計画策定のご支援をしている最中のことでした。T社では、計画の策定段階から従業員を巻き込むことで、より実行性の高い計画を作りたいと考えていました。しかし、いざ従業員に意見を求めても、なかなか発言が出てこないという課題に直面していました。

新たな戦略や計画を策定する際、経営者が一方的に指針を決め、従業員に「これでやってくれ」と伝えるだけでは、実際の現場で十分に機能しないことが多々あります。大きな会社であればあるほど、経営者と現場の間に認識の乖離が生まれることがあるためです。

特に、自社の製品・サービスが「売れている理由」や、それを現場で実現するための強みや課題は、戦略の良し悪しを大きく左右するため念入りに確認すべきです。そのためには、策定段階で従業員の意見を引き出し、現場視点での知見を取り入れることが有効です。これにより、策定後の計画が現場に浸透しやすくなるという効果も望めます。

しかし、いざ意見を求めたとしても、「何を言えばよいかわからない」「発言しても意味がないのでは」「変に発言すると責任を負わされるのでは」といった心理的なハードルを感じ、結局は従業員の側が沈黙してしまったり、経営者の考えに寄せる発言をしてしまうケースも少なくありません。こうした状況を打破するためには、「心理的安全性」を確保しながら、発言を促進する環境を整えることが重要です。

目次

キーパーソンを選抜し、計画策定に関与させる

心理的安全性を確保するための有効な方策のひとつは、いきなり全員から意見を募るのではなく、まずはキーパーソンを選抜し、その人たちに意見を述べる経験を積ませることです。

経営計画を策定する際、全従業員を巻き込もうとすると、組織の規模によっては議論が発散し、収拾がつかなくなる可能性があります。また、発言を促したとしても、個々人の特性や時間の制約などの要因で、全員が活発に意見できるようになることは望めません。そこで効果的といえるのは、各部署やチームから代表者を選出し、まずは少人数で議論を深める方法です。

キーパーソンの選定基準としては、例えば以下のような点を考慮するとよいでしょう。

  • 各部門・各チームから公平に選出する(特定の役職や年齢層に偏らないようにする)
  • 声の大きい人だけでなく、周囲と良好な関係を築けている人を含める
  • 現場の知見があり、実行フェーズでも影響力を発揮できる人を選ぶ

このキーパーソンたちに「経営計画策定チーム」として関与してもらうことで、彼らが発言するハードルを下げ、意見を引き出しやすくなります。さらに、策定後はこのメンバーが職場内での「教宣役」となり、他の従業員への浸透をサポートする役割も担うことが期待できます。

意見を引き出しやすい環境を整え、心理的安全性を高める

キーパーソンが選ばれたとしても、組織として発言の風土がない場合には、すぐに積極的な意見が飛び交うわけではありません。ここで重要なのが、「意見を引き出しやすい環境」を意図して整えることです。この、心理的安全性を意識したファシリテーションを行う上では、具体的には以下のような手法が考えられます。

ブレインライティング(まず個々に意見を書き出し、その後グループで共有する):口頭での発言をためらう人も意見を出しやすくなる

ラウンドテーブル方式(全員が順番に発言するルール):積極的な人ばかりが発言するのを防ぎ、意見の偏りを防ぐ

「まず肯定する」ルール(どんな意見も一度受け止める):批判を恐れず意見を出しやすくする

発言を歓迎する文化をつくる(「なるほど、それはいい視点だね」「それも大事な考え方だね」といったポジティブなリアクションを経営者や上位職者自らが示す):発言の心理的ハードルを下げることができる

ファシリテーションを外部に委託する:社内の人間関係を持ち込まずに、安心して発言できるようにする

発言が尊重される仕組みを整える

心理的安全性を高めるうえでもうひとつ重要なのは、意見を出すこと自体を「意味のあること」と感じてもらうことです。せっかく意見を出しても何も反映されなかったり、フィードバックがないまま放置されるようなことがあると、「どうせ何を言っても無駄だ」と思われてしまいます。これは、発言を促すうえで逆効果であることは明らかです。

そこで必要なのは、発言が尊重される仕組みを組み込むことです具体的な考え方は例えば以下のようなものです。

  • 経営者や幹部が、どの意見をどう活かすかを明確に示す
    例えば意見を出し合った後に、「この意見は次回の施策に反映する」「これはすぐに対応が難しいが、今後の課題として認識する」など、具体的なフィードバックを返すことで、意見を出すことの意義を伝えられます。
  • 「提案→議論→実行」のプロセスを可視化する
    経営計画策定チームの会議で出たアイデアを議事録等で可視化しておき、どの段階でどの意見が採用されたかを示すことで、従業員が「自分たちの意見が活かされている」と実感しやすくなります。仮に実行には至らなかったとしても、その理由を意見を挙げてくれたことへの感謝と共に説明することで、信頼関係の構築につながっていくでしょう。

経営計画の導入に際しては、策定・実行のどこかの段階で従業員の協力を得ることが必要不可欠であり、心理的安全性を確保することで主体的な関与を促すことは、そのための有用な方策です。この心理的安全性は、経営者と従業員の信頼関係を構成する重要な要素のひとつでもあります。

ただし、この心理的安全性は一朝一夕で確立されるものではありません。経営者自身が率先して「意見を歓迎する」姿勢を示し、組織全体で対話の機会を増やしていくことで、徐々に醸成されていくものです。

そして多くの場合、本当に自社に心理的安全性があるかどうかは、経営者自身にとって気がつきにくいものでもあります。従業員の信頼を高め、次の目標に全社一丸となって向かっていくためにも、現場の意見を引き出し、尊重する文化を作れているか、ぜひ今一度意識してみてはいかがでしょうか。

著者プロフィール

トラスタライズ=信頼を対価に変えるコンサルタント
トラスタライズ総研株式会社

代表取締役 池尻直人

企業の「信頼を対価に変える」専門コンサルタント。
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、「信頼」を切り口に、顧客企業が売上・利益を向上させられる手法の研究・提言を行っている。

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価 格:¥2,200 (税込)
発売元:日本コンサルティング推進機構


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