第92回 「善い行い」が、現場を疲弊させていないか〜実利につながる原価の整え方・回路③〜

第92回「善い行い」が現場を疲弊させていないか

「善い行い」をコスト上昇の原因とせず、むしろコスト競争力に変えていくには、信頼をテコとした実績の活用・期待値のコントロール・顧客の選定が有効です。

ごまかさない。
手を抜かない。
相手の立場も、社会の目もできる限り考える。

そんな姿勢を大事にしてきた会社ほど、
こんな感覚を口にされることがあります。

「仕事は途切れずあるし、値下げばかりしているつもりもない。
 だけど、一件あたりの原価はギリギリで、苦しい状態が続いています」

決算や月次の数字を見返すと、

  • 売上は出ているが、営業利益が思ったほど残っていない
  • 同じような案件のはずなのに、一件あたりの工数が読みにくい
  • サステナや脱炭素にも取り組んできたが、現場が忙しくなっただけに見える

こうした「じわじわと原価が重くなっていく感覚」は、
まじめに仕事に取り組み続けてきた会社ほど抱きやすいものかもしれません。

直近の当コラムでは、信頼を実利に変えるために必要な6つの「回路」について考察しています。今回の回路③では、信頼の蓄積が原価・コスト低減につながる道筋を探っていきます。

目次

善意の判断が、「見えない原価」を積み上げている

原価やコストというと、まず思い浮かぶのは材料費や人件費の話です。しかし、現場の感覚として重くのしかかっているのは、もう少し分かりにくい部分かもしれません。

たとえば、こんな場面はないでしょうか。

  • 見積には入れていなかったが、「ここまでやらないと申し訳ない」と思って対応した作業
  • 要件があいまいなままスタートし、その後の打ち合わせで何度も方向修正した案件
  • 「今回は特別に」と受けたイレギュラーな仕様変更や期限の前倒し

ひとつひとつは、いずれも理解のできる判断ではあります。

「相手も困っている」
「後で不満を言われるくらいなら、今やっておこう」
「ここで断ると、関係にひびが入りそうだ」

むしろ、”顧客本位”の経営を志向する会社ほど、こうした判断を選びがちです。

ただ、これが積み重なると、次のような変化が生まれていきます。

  • 毎回、作業の中身が少しずつ違ってくる
  • 想定していない打ち合わせや説明が後から増える
  • イレギュラー対応が“例外”ではなく“日常”になっていく

結果として、同じような売上・同じようなサービスのはずなのに、
一件ごとの注力度合いがバラついてしまう。つまり、原価が静かに上振れをはじめる
のです。

ここで強調しておきたいのは、
このブレの多くは「怠慢」や「無駄遣い」の結果ではない、という点です。

むしろ、

  • 信頼を損ねたくない
  • 相手に恥をかかせたくない
  • 社会から見て後ろめたいことはしたくない

という判断の積み重ねから生まれている。

だからこそ、「コスト削減しよう」という号令だけでは整理がつかず、
現場だけが疲弊してしまう要因になりやすいといえます。

では、こうした“善意由来の原価”を、単に削るのではなく、実利につながる形に
整えるためには、どこから手をつけるべきでしょうか。

信頼起点で1件あたりの「総コスト」を下げる3つの視点

ここからは、材料費や人件費そのものではなく、
1件の売上をつくるまでに会社全体でかかっているコスト」に目を向けてみます。

同じ売上でも、「そこに到達するまでの道筋」が変わると、
必要なコストは大きく変わります。

ここでは、次の3つの視点に分けて整理することで、まじめな会社こそがコスト優位を得るための方向性を考察してみます。

  1. 実績に裏打ちされた信頼により、集客・営業のコストを下げる
  2. 期待値を明確にすることで、善意の“その場対応コスト”を削る
  3. 価値観の近い顧客を選べるようにする

1つ目の視点:信頼と実績で「新規1件あたりの販管費」を下げる

実績がある会社ほど受注率が高いというと、当たり前に聞こえるかもしれません。

ただ、少し視点を変えて、
「新しい1件を獲得するために、どれだけの説明・訪問・提案を積み上げる必要があるか」を
考えると、より具体的に、負荷やコストへの低減が見えてきます。

実績が伝わっていない状態では、

  • 初回から慎重に説明を重ねる
  • 相手側も「本当に任せて大丈夫か」を見極めるために、時間と人を割く
  • 結果として、受注に至らない案件にも多くの工数が流れている

という構造になりがちです。

一方で、実績が整理されていれば、

  • 「うちと似た条件で、こういう成果が出た」という事例から会話を始められる
  • 紹介や指名で声がかかる比率が上がり、ゼロから信頼を積む案件が減る
  • 営業プロセスの型ができ、案件ごとのバラつきが小さくなる

という変化を起こせます。

サステナや脱炭素の取り組みにおいても、類似の効果が見込めます。

  • どの顧客の方針や調達基準に対して、どのように適合してきたのか
  • どんな案件で環境・社会面の付加価値が評価されてきたのか

といった事例・実績があれば、毎回ゼロから営業をかける、資料を準備するといったことはなくなります。

つまり、信頼や実績は、意図的に積み上げることで、新規1件あたりの販管費を下げる資産となるということです。これは、多くの業態に共通する、信頼活用の代表例といえるでしょう。

2つ目の視点:期待値を明確にして、「善意の過剰サービス」を減らす

次に見ておきたいのが、自社と顧客の間で期待値が明確になっているかという点です。

先ほど触れたような、

  • 見積に入っていない作業が、あとから当然のように求められる
  • 仕様があいまいなまま走り出して、後工程での調整が増える
  • 「ここまではやってくれるものと思っていた」という食い違いが生まれる

といった場面は、
多くの場合、「最初の期待値」が曖昧なことから生まれています。

ここで大切になるのは、

期待値を減らすことではなく、
何がどこまで含まれているのかを先に明らかにすること

です。

具体的には、

  • 見積書に「料金に含まれる範囲」「含まれない範囲」「追加になる条件」をセットで記載する
  • 初回の打ち合わせで、「よくある行き違い」の芽をつぶしておく

といった工夫が考えられます。
こうした整理をしておくと、

  • 本当に必要な例外対応だけが残り、
  • 「言い出しにくさ」から飲み込んでいたサービスが減り、
  • 一件あたりの“善意由来のコスト”を抑えやすくなります。

期待値を明確にするのは、単に自社を守るためではありません。

顧客側での製品・サービスの利用プランをあとから崩すことを防ぐための、
双方にとってのコスト削減策でもあります。

3つ目の視点:価値観の近い顧客を選べるようになる

3つ目の視点は、信頼で「誰と取引するか」をコントロールするという視点です。

短期的な売上だけを考えれば、
声がかかった案件はできるだけ受けたくなるのが人情です。

ただ、価値観が大きく違う相手との取引は、目に見えないコストを生みやすくなります。

  • 価格だけで比較される
  • 安全や品質、環境配慮にかけているコストが「ムダ」と見なされる
  • トラブル時に、優先すべきものがかみ合わず、対応コスト・工数が跳ね上がる

こうした状況では、

  • 価格交渉に時間を取られる
  • 無理な仕様変更や納期要求が続く
  • 関係修復や火消しに、多くの社内リソースが割かれる

という、見えない原価が発生します。

一方で、自社が大切にしている基準(例えば品質、安全、環境、人への配慮など)を
きちんと言葉にして外に出し、

  • こういう考え方の会社と長く付き合いたい
  • こういう調達方針やサステナの方針を持つ企業と組みたい

と明示していると、不思議と価値観の近い相手から声がかかりやすくなります。

もちろん、すべての顧客を選別できるわけではありませんが、

  • 長期的な関係を前提にする相手
  • 価格だけで判断する相手

を区別して捉えられるだけでも、どこにリソースを厚く張るか、という経営判断が変わってきます。

結果として、「本当は付き合いたくない相手」に引きずられるリスクを減らし、長く付き合える相手に、じっくりと投資できるようになる

その意味で、「誰と取引するか」を意識的に選ぶことは、リスクと見えない原価を減らす回路として機能し始めます。

善い行いを「続けられる形」にする

まじめにやっている会社ほど、
「これ以上どこを削ればいいのか分からない」という感覚に陥りがちです。

そのときに、
単に原価項目だけを見直しても、あまり前向きな答えは出てこないかもしれません。

そこで1歩引いて、

  • 1件の売上をつくるまでに、どんなコスト・工数がかかっているのか
  • その中で、自社の信頼・まじめさを、実績の活用・期待値のコントロール・顧客の選び方とうまく整合させられないか

を整理してみると、
善い行いが原価上昇の原因ではなく、
持続可能な事業の土台として見え直してくる部分があるはずです。

もし今、

  • 善いことをやっているつもりなのに、現場だけが疲弊している
  • サステナや脱炭素に取り組んできたが、実利のイメージが持てていない

と感じておられるようであれば、
ぜひ一度、自社の総コストをまずはこの3つの視点から棚卸ししてみてください。

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著者プロフィール

トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

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トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

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ポイント5:信頼活用に向けた社内の意識改革のやり方

価 格:¥2,200 (税込)
発売元:日本コンサルティング推進機構


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