第97回 「感覚経営」の限界と、数字で語れる経営への移行

「感覚経営」の限界と、数字で語れる経営への移行

感覚と経験に頼らず、数字で自社を語れるようになることは、経営の精度を上げるだけでなく、社内外の信頼を築く土台にもなります。

「先生、うちは正直、どんぶり勘定なんです。でも、まあ何とかやれてはいるんですよね」

経営支援の現場で、こうした言葉を耳にすることは珍しくありません。創業以来、社長の経験と勘で事業を回してきた。価格設定も、受注の判断も、投資の決断も、数字よりも「肌感覚」で乗り越えてきた。それで実際に会社は続いている。だから問題ないのではないか、と。

たしかに、経営者の直感は侮れません。長年の経験に裏打ちされた判断は、ときにどんな分析よりも正確かもしれません。しかし、その「何とかなっている」状態が続いているうちに、気づかぬまま危うさが積み重なっていることもあります。

ある食品加工業の社長は、こう打ち明けてくれました。「感覚でうまくいってきた実績はあるんです。でも、コロナのような予測できないことが起きてから、この先もこのやり方で大丈夫なのかという不安が消えない」。また、ある印刷業の社長は、原価計算がどんぶり勘定のままであることに触れ、「製品ごとの原価がわからないから、この仕事を受けて本当に利益が出ているのかが見えない」と仰っていました。

いずれも、業績が急激に悪化したわけではありません。しかし、感覚的な判断の限界を、経営者自身が肌で感じ始めている。この「漠然とした不安」こそが、感覚経営の転換点を示すシグナルなのです。

目次

感覚経営がはらむ3つの構造的リスク

感覚による経営には、構造的に見ると3つのリスクが潜んでいます。

1. 原価と収益の不透明さ:「儲かっているのか」がわからない

感覚的な価格設定を続けていると、どの製品・サービスが利益を生み、どれが実は赤字なのかが見えなくなります。

たとえば、原材料を自社で仕入れて製造販売するケースと、顧客から原材料を支給されて加工のみを行うケースが混在している場合、財務諸表上ではこれらのコストが分離されていないことがあります。すると、売上は立っているのに、どちらの事業モデルがどれだけ利益を生んでいるのか把握できない。投資判断をしようにも、前提となる数字が曖昧なままでは、確信を持って踏み出すことができません。

原価が見えないことの影響は、値上げ交渉にも及びます。コストが上昇していることは肌で感じていても、「具体的にいくら上がり、どの程度の転嫁が必要か」を示せなければ、交渉の説得力は生まれません。結果として、ステルス値上げのような場当たり的な対応に終始し、構造的な収益改善には至らないのです。

2. 判断の属人化:社長の頭の中にしか「基準」がない

感覚経営の2つ目の問題は、意思決定の基準が社長個人の経験と勘に集約されていることです。

受注すべきかどうか、この設備投資は妥当か、人員を増やすタイミングはいつか。こうした判断が、共有可能な基準ではなく、社長の脳内にある暗黙のルールで行われている。このとき、2つのことが起きます。

1つは、社長自身への負荷の集中です。あらゆる判断が自分に回ってくる構造では、経営者は常に「判断疲れ」の中にいます。もう1つは、組織としての学習が止まることです。判断基準が言語化されていなければ、後継者や幹部が同じ判断をできるようにはなりません。「社長がいないと何も決まらない」という状態は、属人化の当然の帰結といえます。

さらに深刻なのは、判断基準が見えないため、従業員が経営の方向性を理解できないという問題です。計画書を作っても「抽象的で、具体的に何をすればいいかわからない」という声が現場から上がる。これは計画の書き方の問題だけでなく、そもそも判断の根拠となる考え方や数字が共有されていないことにも起因しています。

3. 説明力の欠如:信頼を「形」にできない

3つ目のリスクは、社外に対する説明力の不足です。

金融機関に事業計画を提出する場面を想像してください。「感覚としてはうまくいくと思っています」では、融資は通りません。投資の回収見込み、収益改善のシナリオ、リスクへの対応策・・・これらを数字で語れることが、金融機関からの信頼を得る条件です。

取引先との価格交渉も同様です。「うちは品質がいい」「丁寧にやっている」という自負があっても、それを顧客の視点から具体的な価値(たとえば不良率の低さがもたらすコスト削減効果など)を提示できなければ、単価勝負に巻き込まれます。

つまり、数字で語れないことは、自社の価値や信頼を「見える形」にできないことと同義なのです。感覚的にはわかっていることが、対外的な信頼の裏付けに変換されないまま、社内に閉じてしまう。これでは、経営資源としての信頼を活かしきれません。

「数字で語れる経営」への移行:3つのステップ

では、感覚経営から脱却するには何から始めればよいのでしょうか。まず重要なのは、いきなり高度なシステムを導入したり、すべてを数値化しようとしたりしないことです。まずは、経営判断に最も影響する部分から、段階的に「数字で語れる状態」を整えていく。その道筋を3つのステップで示します。

ステップ1:「見えていないコスト」を可視化する

最初に取り組むべきは、自社のコスト構造を分解して把握することです。

全製品・全サービスの原価を一度に精緻に算出する必要はありません。まずは、売上構成の中で比率の大きい事業や、利益率に疑問を感じている案件から着手するのが定石です。たとえば、「この取引先の仕事は手間がかかるわりに儲かっていない気がする」という感覚があるなら、その案件の原材料費・労務費・間接費を洗い出してみましょう。感覚が数字で裏付けられることもあれば、意外な発見があることもあります。

この段階で大切なのは、完璧な原価計算を目指すことではなく、「見えていなかったものが見える」という体験を経営者自身が得ることです。その実感が、次のステップに進む推進力になります。

ステップ2:社長の「暗黙のものさし」を、数字で見えるようにする

コスト構造が見え始めたら、次は経営判断の基準を言語化し、組織で共有できる形にします。

たとえば、「この仕事を受けるかどうか」の判断基準を、限界利益率や最低ロットの数字で定義する。「設備投資をするかどうか」を、投資回収年数や月次の損益分岐点で検討する。こうした判断基準を数字で示すことで、社長の頭の中にあった暗黙のルールが、組織として共有可能な「ものさし」になります。

ここで注意すべきは、「ものさし」の数を増やしすぎないことです。経営指標は多ければ多いほど良いわけではありません。自社のビジョンと直結する少数の指標(売上、限界利益率、受注件数、顧客満足度など)に絞り込み、それを定期的にモニタリングする。シンプルであることが、現場への浸透と継続的な運用の鍵です。

ステップ3:数字で語ることで、社外の信頼につなげる

最後のステップは、社内で整えた数字を社外との信頼構築に活かしていくことです。

わかりやすい例が、金融機関への事業計画の提出です。「コストが3%上昇した場合に、月次でどの程度の影響が出るのか」「新しい設備を稼働させた場合に、どのような損益構造になるのか」・・・こうしたシミュレーションを示せる会社は、金融機関から見て「将来の見通しが立っている会社」として映ります。感覚ではなく構造で語れることが、融資判断の場面における信頼の裏付けになるのです。

取引先との関係でも、同じことが言えます。「うちは丁寧にやっています」という言葉だけでは、単価勝負に巻き込まれがちです。しかし、たとえば自社の検品工程がどの程度のロス削減に寄与しているか、不良率がどの水準にあるかといった数字を示すことができれば、品質の価値を相手に伝えるための根拠になります。「丁寧さ」を主観ではなく事実として伝えられることが、価格交渉の局面で大きな差を生みます。

そしてこの効果は、実は社内に対しても同様に生まれます。「なぜ値上げ交渉を進めなければならないのか」「なぜこのタイミングで設備投資をするのか」。こうした判断の背景を、根拠となる数字とともに従業員に説明できれば、「社長が言うならそうなのだろう」ではなく、「たしかにそうだ」という納得が生まれます。納得に基づく信頼は、トップダウン、というだけの指示よりもはるかに組織を動かす力を持ちえます。

「感覚経営」からの移行は、経営者の直感を否定することではありません。長年の経験で培われた判断力を、数字で補強し、より確かなものにしていく、ということです。

数字で自社を語れるようになると、まず経営者自身の判断に確信が持てるようになります。「なんとなく大丈夫だろう」ではなく、「この根拠があるから判断できる」と思える。不安の正体が見えることで、打つべき手も自然と見えてきます。

それだけではありません。判断基準が数字として共有されることで、組織が自ら動き出すようになります。社長がいなくても、現場が適切な判断をできる。これは、属人経営から組織経営への転換の重要な要素です。

そして、数字で語れることは、金融機関や取引先からの評価にも直結します。「この会社はしっかりしている」「将来の見通しが立っている」・・・そうした信頼は、感覚ではなく、数字に裏打ちされた説明力から生まれるものです。

感覚と数字は、対立するものではありません。感覚を数字で裏付け、数字を感覚で読み解く。その両輪が噛み合ったとき、経営の精度と信頼は、ともに一段上がるのではないでしょうか。

まずは、自社の中で「気になっているが見えていないコスト」を1つ、数字にしてみることから始めてみてください。その小さな一歩が、数字で語れる経営への起点になります。

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著者プロフィール

トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

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トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
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