第98回 「任せたいのに任せられない」の構造 ~属人化はなぜ見過ごされるのか

「任せたいのに任せられない」の構造 ~属人化はなぜ見過ごされるのか

「任せたい」のに任せられない状態が続いているなら、それは能力の問題ではなく、属人化という構造の問題かもしれません。

「経理の○○さんが辞めたんですが、引き継ぎ資料が何もなくて……」

支援先のある社長がふと漏らした言葉です。請求書の処理手順、仕入先ごとの支払い条件、月次決算の段取り。どれも前任者の頭の中にしかなく、引き継がれないまま去ってしまった。

ただ、よく聞いてみると、この状態は何年も前から続いていたとのことです。社内では「経理のことは○○さんに聞いて」が合言葉になっていた。そして誰もそれを問題だと思わなかった。

それはなぜか。毎日、ちゃんと回っていたからです。

目次

「頼れる人」がいるほど、属人化は見えなくなる

属人化が最も深く進行するのは、優秀な人がいる会社です。

「あの人に任せておけば安心」「あの人は何でもわかっている」。これは褒め言葉です。しかし同時に、その人にしかできない仕事が積み上がっていることの裏返しでもあります。

経営者から見れば「頼れる人材がいる」。周囲から見れば「あの人がやるもの」。本人から見れば「自分がやった方が早い」。三者の認識が見事にかみ合って、属人化は正当化されていきます。

そしてこの構造のもとで、静かに3つのことが起きています。

まず、業務がブラックボックスになる。やり方も判断基準もその人の頭の中にしかないので、他の誰にも検証できない。

次に、周囲が育たなくなる。経験する機会がないのだから、当然です。「いつまで経っても任せられない」のは、任せてこなかった結果でもあります。

そして、その人自身が疲弊していく。能力が高いからこそ仕事が集まり、集まるからこそ他に渡せなくなる。善意と責任感でその重さを抱え続けた先に待っているのは、ある日の突然の退職かもしれません。

冒頭の会社で起きたことは、決して特殊な事例ではありません。優秀で、まじめで、責任感の強い人がいる会社ほど、実はこの構造に陥りやすいのです。

「任せられる状態」をどうつくるか

属人化の話をすると、「マニュアルを整備しなきゃ」と考える方が多いのですが、これは半分正解で半分落とし穴です。

手順書やチェックリストで片付く業務なら、それでいい。しかし属人化が本当に厄介なのは、判断を伴う業務です。「こういう場合はこう対応する」「ここだけは外してはいけない」・・・そうした暗黙の判断基準は、マニュアルには書けません。書けないからこそ、特定の人の頭の中に残り続けるのです。

では、どこから手をつけるか。

まず有効なのは、「属人化マップ」をつくることです。

やり方はシンプルで、自社の主要な業務を並べて、1つずつ問いかける。「この人が1週間いなかったら、この業務は回るか?」。回らないものに印をつけていけば、自社の属人化がどこに、どの程度潜んでいるかが一覧になります。

リストアップしてみると、意外なところに属人化が見つかることがあります。目立つエース社員だけでなく、経理や総務のベテラン、あるいは社長自身が最大の属人化ポイントだった、ということも珍しくありません。

把握できたら、リスクの高い業務から順に「手順」と「判断基準」を分けて整理していきます。以前のコラム(第26回)で、仕組み化には「作業手順」「方針」「価値観」の3層があるとお伝えしました。一度に全部やる必要はありません。まずは手順の整理から入り、徐々に「方針」や「価値観」、つまり判断の軸を言語化・共有していくのが、現実的な進め方です。

そしてもう一つ。属人化の解消で最も見落とされがちなのは、タイミングです。

属人化に着手するのはいつか。業務が「回っている」今です。

ペア作業で業務を共有する、OJTで段階的に引き継ぐ、定期的に担当を入れ替える。こうした取り組みは、キーパーソンが辞めてからでは間に合いません。「まだ大丈夫」と思えているうちにこそ、始める意味があります。

建物の基礎を補強するのは、ひびが入っていないように見える今のうちです。

「任せたいのに任せられない」は、社長の優柔不断ではありません。業務のやり方や判断基準が特定の人の頭の中にしかない。その構造が、任せることを難しくしているのです。

属人化の解消は、一気にやるものではありません。まずは自社のどこに属人化が潜んでいるかを把握し、最もリスクの高い業務から少しずつ仕組みに変えていく。その積み重ねが、「任せられる組織」をつくる確かな一歩になるはずです。

自社の属人化、チェックしてみませんか?

□ 「あの人に聞いて」が社内の日常語になっている
□ 特定の人が休むと、滞る業務がある
□ 新しい人への教え方が、教える人によって違う

1つでも当てはまったなら、そこに属人化のサインがあります。本文でご紹介した「属人化マップ」を試してみるのもひとつの手かもしれません。

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著者プロフィール

トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

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社外経営企画室長・経営企画パートナー
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