第89回 『善い行い』をどう利益につなげるか ~信頼を実利に変える6回路~

「すごく良い取り組みをされてますよね」
そう言われたのに、商談が終わると、何も変わっていない。
見積は厳しく見られ、価格で比較され、稟議は通らず、受注は動かない。社内で時間と手間をかけた分だけ、空気が少し重くなる。
社会貢献や脱炭素、サステナビリティに分類されるような、いわば「善い行い」に力を入れてきたのに、それが経営の成果につながらない。そんな経験がある経営者の方は、少なくないと思います。
ここで最初に確認しておきたいのは、社会により貢献しようという姿勢・取り組みは、素晴らしいものであるという点です。社会にとって必要で、会社としても誇りを持てる。だからこそ、広まっていってほしい。筆者はそう考えています。
しかし問題は、そのような「善い行い」が、勝手に実利に変わるわけではありません。お客様が喜んで高い対価を払ってくれる、そんなことは極めてまれだといっても良いでしょう。その現実を理解しておかないと、良いことを積み上げたのに報われない、という事態に陥ります。
今回のコラムでは、どうすれば「善い行い」が会社の実利に変換され、継続できる形にできるのかを考察していきます。
「善い行い」が報われないとき、起きていること
報われない、という状態のときの原因として着目すべきは、「評価されていない(=足りない)」ということではありません。「評価されているかどうかにかかわらず、そもそも意思決定の判断材料として入っていない」という状態です。
相手方の担当者は理解・共感を示す。説明にも納得している。それでも受注が好転しないのは、取引が「善い行いの理解」では決まらないからです。比較表があり、稟議があり、責任の所在があり、「あとで困らないか」という空気がある。最終判断の場面では、たとえばこんな問いが顔を出します。
- この会社に任せて、事故が起きないか。事故が起きたときに、説明が立つか
- 品質や納期にブレがないか
- 供給や体制は続くか
- 価格を上げる理由に、筋が通るか
「善い行い」の話は、結局はこの問いに接続できるかどうかがカギになります。接続できなければ「良いですね」で止まり、接続できれば「だからお願いしたい」「だから条件をこうする」という段階に進むことができます。
逆に言うと、顧客の受注判断に影響を及ぼせない状態が続くと、じわじわ社内が疲弊します。通常業務+αの意識で「善い行い」をしているのに、会議や資料が増える。現場の負担も増える。なのに数字が変わらない。こうなってしまうと、「それって結局、何のため?」という空気が生まれ、担当部署の肩身が狭くなっていく。ここまで来ると、理念の正しさとは別に、取り組みが縮小していくでしょう。
必要なのは、「善い行いをもっと頑張る(強度を上げる)」ことではなく、良いことが相手の意思決定の判断軸の1つとして収まる形に整えることです。
「信頼を築く取り組み」と「実利に変換される場所」は別もの
会社が信頼を積み上げるための行いにはいくつか種類があります。サステナビリティや脱炭素のような取り組みに加え、ボランティアや寄付のような社会貢献もありますし、そもそも製品・サービスの品質にこだわる、というのも信頼にはつながります。
こうした取り組みを積み上げていくと、確かに「信頼」は生まれます。単なる好感度ではなく、「この会社なら任せられる」「失敗しにくい」「説明が立つ」「長く付き合える」。そういう「期待に応えてくれる確からしさ」です。
しかし、信頼はただ積み上がっただけでは実利にならないというジレンマもあります。
信頼が取引相手や自社の実利に変わるのは、取引先や経営の意思決定の何かを動かしたときです。具体的には、判断の安心感を高める、比較の条件が変わる、リスクの大きさが変わる、投資や資金調達の確度が上がる、人の採用や定着につながるといったケースです。
つまり「信頼」と「実利」の間には、変換のプロセスが存在しており、そこが曖昧なままだと何も生まれないということです。
この曖昧さをそのままにしておくと、「この取り組みをすれば、ブランドイメージの向上につながります」というような、あるのかないのかよくわからない効果のために、余力のある企業は必要コストと割り切って「善い行い」をすることになりますし、余力のない企業は志半ばであきらめる、ということになります。
「善い行い」を経営の成果に変換するには、もう一歩踏み込んだ整理・具体化が必要です。そのためのフレームワークを次節でご紹介します。
『善い行い』を『実利』に変換する6つの回路
以下の図では、「善い行い」やそこから生まれる信頼が実利に変わる変換の生まれ方を、6つの回路として整理しています。活動の分類のためではなく、具体化のための着眼点を示すのがこのフレームワークの目的です。「実利」の現れ方を6つに区分したうえで、「善い行い」のどんな要素がどこに貢献するかを洗い出し、具体化していきます。
あらゆる取り組みが、6つのすべてにおいて効果を発揮するわけではありませんが、できる限り視野を広げて具体化することで、「善い行い」が持つ可能性を可視化していきます。
6つの回路は、以下の通りです。
回路①:受注増
信頼を相手先から見た価値に置き換えて、「選ばれる確率」と「呼ばれる入口」を増やすという考え方です。そもそもテーブルに乗らなければ比較も条件交渉も始まりません。「善い行い」が取引の間口を広げる(例えば入札の際の要件として、CO2削減目標を掲げていることが含まれている場合等)ことがあれば、もしくはそのような働きかけができそうであれば、それは最初の実利として着目に値します。
回路②:値上げ
値上げにあたっては、ただ依頼をする、お願いをするというだけでは当たり前ですがなかなかうまくいきません。価格以外の部分をどう比較条件に折り込むか、というところの設計が必要です。この、比較条件をつくる部分で、信頼を相手側の価値に変換し、説得材料にする可能性を検討します。「安いか高いか」だけではなく、「失敗しないか」「あとで困らないか」「説明が立つか」といった比較軸を前に出すのです。値引きの土俵をずらす可能性を探るという言い方もできるでしょう。
回路③:コスト削減
「善い行い」を追加でやろうとすると、コスト増になりやすいという点は否めません。多くの企業の取り組みが、このコストの壁に跳ね返されているのが現状です。他の部分で売上・利益を確保する考え方と合わせ、コスト上昇をなるべく抑える・または減らすという方向性を探るのがこの回路です。例えば脱炭素であれば、エネルギーの無駄を抑えるといったように、「善い行い」から生まれるコストの減少効果にも光を当てましょう。ここが回らないと、取り組みは続きません。逆に、ここが回りだすと、「善い行い」が経営の成果に直結しやすくなり、活動の評価や深堀りにつながっていきます。
回路④:リスク回避
炎上、説明不能、突発対応…こうしたトラブルは、売上以上に会社の体力を削ります。信頼を重視する考え方が社内に根付いたり、その結果管理のレベルが上がってきたりすると、そもそもトラブルの芽が減り、起きたとしても「説明が立つ」状態を作りやすくなります。損失発生のリスクを減らせることも、実利ととらえることができるでしょう。
回路⑤:資金調達
売上・利益といった損益計算書上の項目のみならず、資金調達がしやすくなるのであれば、それは実利であるといえるかもしれません。投資や資金調達において、筋の通る物語があれば、実施に向けた追い風となります。「善い行い」や信頼は、「何のために、何を変えて、どう回収するのか」という説明をしやすくします。また、金融機関など資金の拠出元も、社会に対する貢献などのストーリーを求めている部分もあります。資金が動けば、次の打ち手が打てる、という意味でも、実利のひとつの形としてその可能性を検証するべきでしょう。
回路⑥:社内活性化
最後は社内側からの視点です。「善い行い」や信頼は、共感する人を集め、良い関係が自然に続く状態をつくります。こうした考え方に共感を示す人というのは、基本的には企業の成長・発展のために力を惜しまず尽くしてくれる人だとすれば、望ましい人材を惹きつけるという効果を持つでしょう。これは経営にとって大きな効果です。採用や定着、協力会社との関係、現場の連携。ここが整うと、上の回路(受注・値上げ・コスト・リスク・資金)を回し続ける力を生み出します。

これらの回路に着目しながら、「善い行い」の経営への貢献を可視化したり増幅していく、というのが、実利につなげる第一歩といえます。そして、これらの回路の一部分のみで検討を完結しないことも大切です。
入口が増えても値上げの回路がなければ利益は残りにくい。コスト削減ができてもリスクが大きければ帳消しになる。資金が動いても組織が回らなければ続かない。現状では、残念ながら「善い行い」がすぐに実利につながることはまれなので、できる限り視野を広げて効果を寄せ集めていく必要があります。ですが、ひとたび経営の実利につながる取り組みとして確立できれば、他社には真似のしにくい、優れた取り組みとなるでしょう。
「善い行い」を進めているのに報われないのは、それが無価値だからではありません。
多くの場合、信頼は積み上がっている。ただ、その信頼が実利に変換される回路が、明確に設計されていないのです。
「善い行い」を単なる理念で終わらせないために、信頼が実利に変わる回路を築いて、会社の経営の成果として成立させる。それができれば、社内外からの評価を高め、会社そのものの維持・発展に向けての大きな力になっていくはずです。

著者プロフィール
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
社外経営企画室長・経営企画パートナー。
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

著者プロフィール
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
社外経営企画室長・経営企画パートナー。
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目次
ポイント1:「対価に変えられる信頼」の見つけ方
ポイント2:信頼を効率的に対価に変える戦略の描き方
ポイント3:信頼を可視化・証明する仕組みの作り方
ポイント4:信頼から確実に対価を得るための訴求のやり方
ポイント5:信頼活用に向けた社内の意識改革のやり方
価 格:¥2,200 (税込)
発売元:日本コンサルティング推進機構

