第21回 中小企業のための「信頼」を活用した価格交渉戦術
価格交渉にあたっては、自社の業態や取引先との関係性を把握し、事前に入念な戦略策定・準備を行う必要があり、「信頼」の可視化・活用によってその成功確度や効果を高めることができます。
前回のコラムでは、「信頼」と「価格アップ」の関係性についてご説明しました。今回は、この「価格アップ」の部分について、具体的に価格を上げて販売していくにはどうするかを、企業の信頼活用の切り口でさらに掘り下げてみたいと思います。
難易度が高いのは既存顧客との交渉
一口に企業といっても、BtoB、BtoCなど様々な業態の企業が存在します。価格アップ(値上げ)を目指す際、着手しやすいのはやはり過去の取引価格の実績がない新規顧客であるのは間違いありません。前回も述べた通り、販売相手や状況によっては「価格が高い方がよい」というケースもありますので、企業が値上げを目指す場合には、新規案件から着手するのが定石です。
逆に最も難しいケースは、BtoBの企業で、取引先が1社もしくはごく少数の、サプライチェーン中流の企業のみである、という場合でしょう。取引相手の数が少なければ少ないほど、自社のビジネスにおけるウェイトは大きくなりますので、一般的には価格交渉力は小さくなる(自社にとって不利になる)と言われます。また、自社と同じような事業を手掛けるライバルが複数存在していたとしたら、自社の交渉力はさらに低下します。
加えて、もし直接の取引相手がサプライチェーン下流の大企業である場合は、昨今政府が値上げ交渉を推進していることもあり、社会的責任の観点から聞き入れられる余地は一定程度あるかもしれません。しかしそうではない場合は、価格交渉は困難を極めるかもしれません。
このような場合、一般的には例えば次のような交渉テクニックが有効に働く可能性があります。
- 新規取引での価格アップを先に実現し実績をつくっておく
既存顧客に価格アップを持ち掛ける場合、できれば先に「価格を上げた状態での新規取引」を実現させることが望ましいといえます。既に高値での取引実績があるならば、「実は他社には既に高い価格で販売させて頂いているが、貴社向けにはこれまでのご愛顧も踏まえ、以前の価格のままご提供させて頂いていました。しかしそれも限界にきたので、価格を上げさせて頂きたい」という論調で説明すれば、価格アップに対する合理性が高まります。
- 早い段階から交渉を開始する
価格交渉においては、実際に価格を上げるタイミングよりもかなり早いタイミングから始められると、より確実性は高まるでしょう。理想をいえば、2~3年程度間を置くのが理想です。時間的猶予が充分にあることで、取引先にも切実感・現実感が生まれにくくなることに加え、予算などに織り込むこともできるようになるので、心理的・業務的に値上げの衝撃を緩和しやすくなります。また、難色を示された場合も時間をかけて交渉することが可能になりますので、決裂のリスクも下げることにもつながります。加えて、早い段階から相談をすることで、相手からも自社に対する誠実さを感じてもらえる可能性もありますので、できるだけ早期に行動を起こすことに越したことはありません。
- データを開示して値上げに対する納得感を高める
取引先に詳細な原価データを開示することはリスクにもなりえますが、価格を上げなければ事業自体が立ち行かない場合には、思い切ってコスト情報を見せてしまうことも有効な手段のひとつです。昨今の原材料価格・人件費・エネルギー価格等の高騰でどれだけ全体のコストが向上したかを定量的に示すことができれば、値上げに際しての大きな理由づけになりえます。この手段をとるためには原価管理がしっかりとなされていることが欠かせませんが、価格交渉に際し原価管理の仕組みも整えてしまうことで、将来の経営において大きなプラスにつながります。
信頼を可視化することで生まれる交渉要素
上記は、価格交渉における一般的な方策の例ですが、企業の「信頼」を活用することでも、価格アップに向けたきっかけを作ることができます。代表的な手法のなかで、大きな投資をせずとも実施できるものを中心に3つほどご紹介します。
- 価値提供の確からしさを示す
特にBtoB向けの場合、製品・サービスの価値は、単にその性質や価格の安さのみで決まるわけではありません。例えば部品を納めているサプライヤーの場合には、その部品が欲しい時に確実に、途切れることなく提供されることも大きな価値であるといえます。この製品・サービスの提供の確からしさは、「価値提供の信頼性」ともいえる重要な概念です。
昨今、新型コロナの流行や災害など、安定供給を揺るがす様々な現象が生じています。そのようななかでひとたび供給が途切れてしまうと、相手先としても最悪の場合サプライチェーン全体が止まってしまうことにもなりかねません。仮にそうなれば、多少の部品価格上昇を大きく上回る損害が発生することにもなりますので、自社の供給の信頼性の高さをわかりやすく示すことで、相手にとっては価格アップ以上の価値となりえます。
いわゆるBCP(Business Continuity Planning)の考え方がこれに該当します。BCPの取組は、実際に何か想定外のケースが発生した場合に自社の影響を最小限にとどめるために必要とされますが、顧客からの信頼を高める上でも積極的に活用していくべきです。
また、特定の取引先に依存する会社にとって、相手先が内製化に踏み切ることが大きなリスクであることは間違いありません。ただ、綿密に検討されたBCPの説明は、その事業の難しさを伝えることにも繋がりますので、BCPの説明と合わせた価格アップの要請は、相手に内製化を踏みとどまらせる要因にもなりえます。
- 自社製品・サービスの社会価値を示す
近年、重要性が高まっている価値として、企業や製品・サービスの社会的価値(社会価値)が挙げられます。この社会価値を自社の製品・サービスのなかで可視化すれば、新たな訴求要素となりえます。特に、脱炭素社会実現に向けた機運の高まりによる温室効果ガス削減は、今や多くの業界での課題となっており、何らかの形で自社の貢献の可視化は進めていくべきでしょう。
ただし、このような社会価値は、自社の目線で訴求するだけでは効果がない(少なくともそれだけで価格を上げましょうとはならない)ケースが大半であることには注意が必要です。あくまで顧客の目線で「自社の製品・サービスを利用することが、御社の目指す社会貢献を後押しすることになる」ということを訴求する必要があります。もちろん、実際にそのような社会貢献を日々実行することが求められますので、顧客(場合によってはその先の”顧客の顧客”)がどのような社会貢献を成し遂げたいと考えているか、を把握することが非常に大切となります。
- メニューの選択肢を増やす
信頼を活用した交渉テクニックの例として、信頼性を高めたメニュー、あるいは信頼性を可視化したメニューを用意し、既存のメニューよりも高い値段をつけることにより、相対的に既存のメニューを安く見せるというやり方があります。この場合、もちろん既存メニューの方も多少価格を上げることが望ましく、「より高いメニューが存在するために、既存の値上げしたメニューが比較的安く感じられ、選ばれる確率を高める」という状態を意図的に作り出します。
いわゆる「松竹梅モデル」を応用した考え方ですが、信頼性の可視化そのものは一定の工数をかければ多くの企業で実施することができるため、価格アップの実現に向けて有効な施策であるといえます。信頼性の可視化のためには、作業工程の記録や証明書の作成などが求められますが、あくまで既存のメニューを値上げした状態で売ることを主目的とするならば、そのための費用は価格に転嫁してしまうことでも問題ありません。もちろん、より信頼性を求める顧客に対しては、信頼性を高めた新メニューの方を高い価格で販売することによっても、企業全体の収益性向上を進めていきます。
交渉に向けては、綿密な戦略策定と十分な準備を
今回のコラムでは、価格アップを実現する上での代表的な手法を、信頼を交えたものも含めてご紹介させて頂きました。基本的な考え方は、価格を上げるべき(上げなければならない)理由を様々な観点から用意していく、ということになりますが、交渉戦略を正しく策定することと、それぞれの手法を突き詰めていく(例えば、自社の提供価値の具体性を定量的に表現できるレべルまで高めていく)ことが欠かせません。また、地味なポイントではありますが、意思決定のキーマンに確実にアプローチする、価格アップの正当性をきちんと正確に説明できるようになるまでロールプレイを重ねるといった点もとても重要です。
当社では、このような価格アップに向けた戦略策定やツールの準備といった部分を包括的にサポートすることで、「信頼できる」企業様が正当な対価を得てさらに成長していくためのご支援を続けています。当社主催セミナーでも、こうしたポイントをご説明していますので、ご興味のある経営者様・事業責任者様のご参加をお待ちしています。