第30回 従業員からの「信頼」を紐解く
多角的な視野で従業員からの「信頼」を捉え、自社の理念・ビジョンと連動させていくことで、従業員の力を最大限に引き出しながら、自社の価値創造を強化していくことができます。
前回のコラムでは、自社で「働くことの意義」を高め、明確に示すことが、自社に対する従業員からの「信頼」を増幅させると述べました。信頼構築・活用の観点で会社と従業員の関係を見るとき、この「働くことの意義」と「会社の創造価値」とのリンクは、最も上位に位置するものといえます。
しかし、従業員が会社に抱く信頼は、それ以外の要素においても左右されるものです。今回は、会社・経営者が従業員からの信頼を最大化していく上で、考慮すべき観点を紐解いていきます。
従業員の「働くメリット」を高める
本コラムでは、対価は「買い手が抱く価値の期待値」であると表現しています。実はこの考え方は、従業員との関係においても類似しています。一般的に従業員は、何らかのメリットが得られる(もしくは得られると思う)からその会社で働くのであり、そのメリットの期待値が他の選択肢と比べて低い場合には、そもそも就職を控えるか、他社への転職などを考えるようになります。
日本においてはいわゆる終身雇用の考え方のもと、労働者の流動性が低かった時代が長く続いていました。しかし今は転職市場も活況を呈しており、企業は優秀な人材の獲得・引き止めのために、よりはっきりと「自社で働くことのメリット」を示すことを求められるようになったのです。
もちろん、無制限に資金を使える会社であれば、給与面での待遇を良くすることで、そのメリットを引き上げることができます。しかし、多くの企業にとってそれは現実的な解ではありません。金銭的な待遇以外の面でも、「従業員が抱くメリットの期待値」を引き上げていかなければならないのです。
その際、経営者が「従業員から(も)信頼される企業を目指す」という考え方を持つことは非常に大切です。どのような形で従業員からの信頼を高めていくかは会社の置かれた状況や組織風土によっても異なりますが、今回はその際の具体的な着眼点についてご紹介します。
「働くメリット」を高めるための5つの着眼点
会社が従業員から「働くメリットが高い」と思われる、つまり働くに値すると信頼され続けるためには、以下の5つの点に着目するのが重要です。
➀意義
前回のコラムでも述べた通り、その会社が描くビジョンや大切にする理念が、働く人一人ひとりの価値観と整合している(少なくとも矛盾していない)ことは、その会社での働き甲斐を大きく高めます。家族や友人に語れる・誇れる、というレベルまで、その会社で働く意義を言語化し、腹落ちしてもらうことが、やがてその会社で働く強力な理由になるのです。きれいごとのように聞こえるかもしれませんが、日々のモチベーションを高める上でも、このような働く「意義」を明確化することは大切です。
➁対価(金銭・非金銭成長)
その会社で働くことで得られる「対価」で代表的なものは、もちろん給与や賞与などの金銭的な報酬です。しかしそれ以外にも、その会社で働くことで得られる能力・スキル・人脈など、自身の「成長」を重視して会社を選ぶという人も少なからず存在します。このような非金銭的な対価も従業員との関係づくりに活用していく場合、ロールモデルとなる社員を設定するなど、その実現性が高いことを目に見える形で明示するような訴求が求められます。理想的には、若手社員がロールモデル社員を目指し、その領域に達する、あるいは超えていくことで、次のロールモデルが生まれていくという循環を計画的に生み出していくことが理想です。
➂尊重(労働環境・裁量)
従業員の「働くメリット」を高めるには、働くことそのもの質を高めるという観点も大切です。例えば、職場における快適さ・清潔さといった環境面を充実させることもそうですし、自律的に働きたいと考える従業員には裁量をできるだけ多く与えるなどの配慮・処遇も「働くメリット」には大きく影響します。要は、従業員が「尊重されている」と感じられる労働環境を、可能な限り用意するという考え方です。
とはいえ、良さそうなものを何でもかんでも取り入れる、ということは不可能です。そうではなく、従業員との対話を通じ相互理解を深めながら、できる順番で実現していく。こうした姿勢をもって対応にあたれば、そのプロセス自体からも尊重の意思が伝わっていくでしょう。
④帰属(承認)
享受する側から見てあまり明示的なメリットとはいえませんが、その会社・組織に確かに所属している、認められていると感じられることも、従業員からの「信頼」の重要な要素の1つです。具体的な施策としては、日常的な声掛け・意見を傾聴することや、目標管理を行ってアウトプットとその質を双方で確認すること、報奨制度を用いて成果を全社として認め称えることなどが挙げられます。いわゆる「承認欲求」を満たすという取り組みであるといえ、より「承認欲求」が高いといわれる若い世代にとって、比較的重要性が高い着眼点といえます。
⑤連帯
従業員がその会社で働くことのメリットを感じるうえでは、上司や同僚、取引先など日々携わる人々との間に良好な関係性を築く、あるいは少なくとも過度なストレスを抱えないということも大切な要素です。個々人の相性の問題もあるため、経営として関係性の改善に直接寄与することは難しい側面もありますが、間接的に良化させていくことは不可能ではありません。
しかし、例えば従業員が持つ根本的な労働観・価値観と自社の理念・ビジョンのすり合わせを、採用・教育の両面で根気よく続けていくことで、個々人のベクトルを揃えやすくなるといった取り組みは考えられます。共通の目的のもとに仕事をするということを明確化し、仲間意識を高めることで、関係性の改善に繋げるという考え方です。他にも、いわゆる心理的安全性の重視・改善など、人との関係に着目し、異なる個人が連帯を実現するための取り組みを進めることも、時間はかかりますが有効です。
信頼を中核とした経営で、あらゆる関係者の期待を満たす
以上、5つの着眼点をご紹介しました。ここでの根底にあるのは会社が目指す究極的な理念・ビジョンに従業員が共鳴し、その実現に向けて大きな不安なく力を発揮できる状態を作り出すという考え方です。この理念・ビジョンが、「自社の製品・サービスが売れる理由」と密接に関連したものになっていれば、顧客に対する価値を追求することと、従業員にとって働くメリットが大きい会社であり続けることが同時に追求できるようになっていくのです。
当社では、このような状態を実現することが、会社の「信頼」を中核とし、顧客・社会・従業員などあらゆる関係者への価値の提供の期待値を持続的に高めていくうえで必要不可欠であると確信しています。顧客・社会・従業員それぞれに最適解を考えるのではなく、自社が実現する理念・ビジョンを明確に定め、その実現を通じて各関係者の期待に応える。それにより信頼を構築・提供し、それに見合った正当な対価を得る。このような取り組みが、これからの時代に会社の成長を実現していくうえでの有力な経営施策になるのです。