第27回 買い手の期待値を”最適化”して信頼を積み重ねる

買い手が抱く期待値の最適化により、信頼の維持・強化を加速させよ

取引に際し買い手が抱く価値の期待値は、自社の能力・リソースに応じて取捨選択や言い換えを行うことで最適化することができ、それが信頼の確実な維持・強化につながります。

 今回のコラムでは、買い手が抱く「期待値の最適化」という考え方についてご紹介します。期待値の最適化とは、簡単にいえば、顧客の期待を高める度合いが大きい領域を見極め、自社や製品・サービスの信頼性の構築・訴求を集中させるというものです。この「期待値の最適化」を適切に行うことで、リソースの少ない中小企業でもより効率的に信頼を築き、対価に変えていくことができます。

目次

信頼の構成要素は様々

 企業の「信頼」とは、「企業が訴求する価値を、買い手からの期待通りに提供できるかどうかの確からしさ」を引き上げ、より多くの対価を得るための経営資源です。何らかの理由でこの期待を裏切ってしまうと、その企業や製品・サービスは提供価値に対する買い手からの期待値を低下させる、すなわち信頼を失うことになってしまいます。

 このとき、買い手が抱く期待というものが、必ずしも企業側が提供したい、充足させたいと思っているものだとは限らないことに注意が必要です。一般的に、何か製品・サービスを購入する際に買い手側が抱く期待、求めるニーズはひとつではありません。製品・サービス自体の質に関しても様々なニーズがありますし、それ以外にも例えば提供の早さ、接客の良さなどの要素も加わってきます。しかも、そのニーズのあり方は人によっても千差万別です。

 このように、多様な人々が多様なニーズを持つなかで、そのニーズそれぞれに対する期待を満たすことができなかった企業は、その分買い手からの信頼を失うことになってしまいます。その不足度合いが大きければ、買い手は裏切られたと感じ、知人にそのことを伝えたり、口コミサイトに悪い評価を書いたりといった行動に出ることもあります。その怒りや失望感が広がれば広がるほど、企業の信頼に対するダメージは深いものとなり、長期にわたり業績に影響が出ることになるのです。

 とはいえ、あらゆる人のあらゆるニーズを全て満たすということは、例え大企業であっても不可能と言えますし、リソースに制約のある中小企業の場合はなおさらでしょう。そんななかで有効となるのは、自社が満たすのが難しい要素、費用対効果が薄い要素に対しては予め期待値を抑えるという、「期待値の最適化」の取組みです。

信頼を効率的に維持・構築するために買い手の期待値を最適化する

 この「期待値の最適化」において着目すべきは、先ほど述べた信頼を喪失する事態は、絶対的な「価値の低さ」によってというよりは、「買い手の期待値と実際の提供価値とのズレ」によって生じるものである、という点です。信頼を損なう事態が発生するのは、高い期待と対価を持って製品・サービスを購入したのに、結果的に満足度が低かったという場合です。それほどの期待を抱かずに購入した場合には、大きな失望をもたらすリスクは大きくないはずです。

 別の言い方をすれば、自社が自信をもって提供できる価値と、顧客の期待を合わせることができれば、買い手が購買後に怒りや失望を覚えるケースはぐっと低下します。自社が満たせる領域の期待値は高く、そうでない領域は低くするよう期待値をコントロールすることで、信頼を損ねる可能性を低下させることができるのです。

 そのためには、大前提として買い手が求めるニーズを正しく把握する必要があります。製品・サービスにおいて重視するものを決める際にも、それを買い手に伝える際にも必要となる重要な要素ですが、社内で共通認識が形成できていない企業も意外と多いので、まずはこの買い手が求めるニーズを明らかにすることは必要不可欠です。

 そのうえで、今回の本題である「期待値の最適化」を実施します。買い手のニーズを明確に把握できたとしても、それを全て満たせるとは限りません。自社の強みがある領域については、買い手のニーズを満たし、満足度を上げることに注力することでよいのですが、問題となるのはリソースの制約や戦略上の理由等によりそれが難しいという領域です。このような場合は、思い切ってその部分は重視しないという戦略的な判断を下したうえで、それを買い手にも予め伝達しておくことが有効になります。

買い手の期待値を最適化した事例

 ここで、ある子供向けプログラミング教室の例をみてみましょう。この塾は、子供が楽しみながらプログラミングを学べることを売りとする、業界では一定の知名度を有する創業者が設立した塾でした。創業当初は、面談の時間を定期的に設けるなど生徒や保護者との関係性も重視しており、実績・知名度のある創業者が親身になってコミュニケーションを取ることをこの教室の売り文句のひとつにしていました。

 ですが、生徒数が増えるにつれ、子供1人ひとりの様子を見守ったり、面談を行ったりすることが段々難しくなっていきました。この創業社長は寝る間も惜しんで働き続けるだけのパワーを持っている方でしたので、講義自体は回すことができており、生徒がプログラミングを学ぶという目的そのものにおいては効果を維持できていたといいます。

 しかし、生徒数が増え忙しくなった分、保護者とのコミュニケーションについては時間を削らざるを得なくなりました。その結果、保護者からは「親身になってくれない」「冷たい対応を取られた」という評価につながることが多くなったそうです。実際に、口コミサイトにも、そのようなレビューを書かれることが多くなりました。

 このような状況において効果を発揮したのが、先ほどの「期待値を最適化する」取り組みです。具体的には、もはや時間の制約で提供が難しくなっていた「創業者による親身なコミュニケーション」を思い切って一旦あきらめることとし、「スタッフを含めたチームによるコミュニケーション」という言い方に変えることにしました。

 予めこのような伝え方をしていれば、創業者自身が直接コミュニケーションを取る機会は少なかったとしても、他のスタッフが「チームとして」対応にあたることに違和感は発生しません。「創業者によるコミュニケーション」という実現困難な期待値を与えて、結果として信頼を裏切るのではなく、コミュニケーションの側面ではあえて期待値を下げることを選択したのです。

 加えて、この「チームによるコミュニケーション」という打ち出し方は、創業者の負荷を減らすためのなかば苦肉の策だったのですが、状況によってはプラスに聞こえる場合もあるでしょう。また、チームのスタッフから見ても、自分の果たす役割がより評価され、前面に押し出されるように感じられたそうで、モチベーションのアップにもつながったということです。

 このように、満たせない要素に関してははじめから過度の期待を抱かせず、できれば前向きな捉え方ができるような形の訴求に変えていくことは、中小企業が信頼を勝ち得ていく上で重要な着眼点となります。信頼構築に繋がる価値を明確化するということは、あえて追求しない価値を見極めるということも意味します。自社の提供価値を戦略的に見極め、顧客の期待値を適正化することで、確実に信頼を構築し、訴求につなげていきましょう。

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