第87回 中小企業の親子承継と「経営者の信頼」設計 ~信頼承継マトリクス~

中小企業の親子承継と「経営者の信頼」設計 ~信頼承継マトリクス~

親子承継がうまく進まないときは、「経営者としての信頼の設計」を考え直すことで、やるべきことが明確になるかもしれません。

「なかなか承継の話が前に進まなくてね。息子も営業と子育てで手一杯だし……」

先日、とある製造業の企業を訪問した際、親子間での経営承継についてこのようなお話を伺いました。息子さんは真面目で、現場の営業としても結果を出している。いずれ継ぐ覚悟もある。それでも先代からすると、「会社と社員を任せ切るイメージ」が持ちきれない。

一方の息子さんも、「いつまでも営業だけではいけない」と分かってはいるものの、日々の案件対応と家庭で、経営にじっくり向き合う時間がとりにくい。

こうした場面で挙がる理由は、だいたい決まっています。

  • 息子が忙しくて時間がない
  • まだ経営の経験が足りない
  • 社員の育成が追いついておらず、先代が退くにはまだ不安がある

ですが、丁寧にお話を聞いていくと、
本当に足りていないのは「時間」よりも、

先代・後継・社員・社外のあいだで成り立つべき
『経営者の信頼の設計』
であることが見えてきます。

目次

親子承継が止まるときに潜んでいる「三つの不安」

親子承継がなかなか進まない会社には、
目に見えにくい「三つの不安」が同時に存在していることが多いように感じます。

一つ目は、先代側の不安。
「会社と社員を本当に任せて大丈夫か」「自分が守ってきた水準を落とさないか」。
社長の中には、自身の経験も踏まえ培ってきた独自の“良き経営者像”がありますが、その基準が言葉になっていないことも多く、後継者を評価する物差しが自分の頭の中にしかない状態になりがちです。

二つ目は、後継者側の不安。
「どこまで任されているのか」「何ができれば“経営者として”信頼されるのか」が分からない。今の仕事で数字は出していても、「経営者としての合格ライン」が見えず、自信を持って前に出にくい。そこに、育児などの時間的制約が重なったりすることもあります。

三つ目は、社員の不安。
形式上は「次期社長」と言われていても、人事評価・最終決裁・外注方針といった肝心な判断は先代が握っている。社員から見ると、「誰を見て動けばいいのか」が曖昧なままです。

つまり、多くのケースで起きているのは、誰かの人間性が信用ならない、という話ではなく、
「誰が、いつから、どの範囲を、どの程度、経営者として判断をすべきかが不明確」ということです。 このような場合、承継における「経営者の信頼の設計図が作成されていない・進捗が共有されていないことが問題となります。

サクセッションプラン「だけ」では詰まる理由

近年は、いわゆるサクセッションプラン(後継者育成計画)を作る会社も増えています。役職や権限の移譲スケジュール、必要な経験や育成プログラムを整理すること自体は、とても大事です。

ただ現場で見ていると、そのプランがあってもなお、

  • いざ任せる段階になると、先代の踏ん切りがつかない
  • 肩書は変わったのに、社内外からは「まだ先代の会社」に見えている

という状況がよく起きます。

これは、「何年経験を積んだか」「どのポジションを引き継いだか」だけではなく、

「この人を経営者としてどこまで信頼するのか」

という疑問に答えられる材料が提供できていないからだと感じます。

このような場合、一度 「経営者の信頼を”設計”する」 という視点で、先代・後継・社員・社外とのあいだに、どんな信頼構築の流れをつくりたいのかを描き直してみることが有効です。そのための整理の道具として位置づけているのが、次節の『信頼承継マップ』 です。

親子の経営承継を前に進める『信頼承継マトリクス』

『信頼承継マトリクス』とは一言でいえば、

「誰が、どの範囲で、どのような基準で経営者として信頼されているのか」
を見える化し、段階的に組み替えていくための地図

で、ポイントは3つです。

① 縦の信頼:先代 ⇔ 後継

――「何をどこまで任せるか」を具体化する

先代と後継のあいだで、

  • どの領域は、いつまで先代が主担当なのか
  • どの領域は、いつから後継に移すのか

を、できるだけ具体的に言葉にします。

たとえば、

  • 主要顧客への訪問は1年間は先代が同行し、その後は原則として後継が窓口になる
  • 人事評価の最終決裁は当面先代だが、「評価会議の進行」は次回から後継が担う

といった具合です。

同時に、その線引きの裏にある 「経営者としての信頼の基準」 を共有していきます。

  • 社員がミスしたとき、どこまで守り、どこから厳しくするか
  • 収益と雇用がぶつかったとき、どう優先順位をつけるか

こうした価値観にもとづく判断基準こそが、「経営者として信頼されるとはどういうことか」を、後継者がつかむ手がかりになります。

そして何より、こうした基準を共に作り、共有するプロセスそのものが、意外と疎遠になりがちな親子の議論のきっかけとなり、承継を円滑に進めることに寄与するものです。

② 横の信頼:後継 ⇔ 社員

――「場」を通じて、経営者としての信頼残高を積む

後継者が社員から「次の経営者」として受け止められるには、肩書や先代の紹介だけでは不十分です。

  • 方針発表会で、自分の言葉で会社の未来を語る
  • 会議で、判断の物差しを示しながら議論をまとめる
  • 提案に対して、「賛成/反対」の理由を丁寧に伝える

こうした場面を意図的に増やすことで、社員は「この人はどういう考え方の経営者なのか」を体感していきます。

つまり、後継者が“経営者としての信頼残高”を積み上げていく場を設計することが、横の信頼の設計です。後継者側は、意図的に判断の基準や、どういう将来を描いているかを口に出して伝えると、より効果的です。

③ 外向きの信頼:会社 ⇔ 社外

――承継プロセスを「信頼のメッセージ」にする

親子承継は社内だけの話ではありません。取引先や金融機関から見ても、「この会社はこれからも大丈夫だ」と感じてもらえるかどうかは重要です。

  • 創業から現在、そして承継後にどんな会社を目指すのか
  • 先代と後継が、どんな役割分担でそれを引き継ぐのか

といったストーリーを親子(あるいは後継者間)で擦り合わせ、中期経営計画や方針発表という機会を活用して社外にも示していく。

これは、数字だけの話ではなく、

「この会社の経営は、誰のためのどんな価値観で判断されていくのか」

といった、会社・経営者への信頼を問う宣言 でもあります。

親子承継が進まないとき、「息子に覚悟が足りない」「父親が手放せない」といった、
人格や気持ちの問題に原因を求めてしまうと、先が見えなくなってしまいます。

もちろん、感情や世代間のギャップは無視できませんが、
それらの多くは、

先代・後継・社員・社外のあいだで、
「その経営者をどういった点で信頼し、その範囲をどう広げていくのか」を描いた
『経営者の信頼の設計図』

がないことの表れでもあります。

親子承継の詰まりを「信頼の設計の問題」として捉え直してみる。
そのうえで、『信頼承継マトリクス』のような枠組みを使いながら、
一緒に「信頼構築の流れの図面」を描き替えていく。

そのプロセス自体が、承継を通じて会社が将来に向かって成長していこうとするとき、
「この会社・経営者は信頼できる」と感じてもらえるストーリーにつながっていくのではないでしょうか。

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著者プロフィール

トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

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トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

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価 格:¥2,200 (税込)
発売元:日本コンサルティング推進機構


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