第88回 信頼があるほど社長は疲れる? ~意思決定を軽くする”信頼の分散・組織化メカニズム”~

信頼があるほど社長は疲れる? ~ ~意思決定を軽くする”信頼の分散・組織化メカニズム”~

「最近、正直・・・判断することが多すぎて、頭が休まらないんですよね」

経営企画の打合せ中にそう話してくれた社長は、あまり弱音を吐くタイプではありません。むしろ普段は、淡々と物事を決めて前に進めている方です。
ただ、この日に議題に挙がったテーマは、社長に多くの「判断」を要求するものでした。

値上げをするか、しないか。
採用を増やすか、今の人数で回すか。
投資を先に打つか、手元資金を厚くするか。
品質や衛生、コンプラの不安をどう潰すか。
そして、現場の疲れや不満の芽をどう扱うか。

どれも放っておけば悪化する。けれど、どれも簡単には決められない。
しかも社長の頭の中では、全部がつながっています。ひとつ決めれば、別のところにしわ寄せが行くこともあります。だから余計に疲れます。

ここで強調したいのは、「判断疲れ」は、経営者としての能力や資質が足りないから起きるのではない、ということです。むしろ、誠実で責任感が強く、周囲の期待に応え続けてきた「信頼される社長」ほど、判断が重たくなりやすい構造があります。

目次

①推進力としての信頼

信頼は本来、会社を前に進める力です。

たとえば、初回の商談でも受注が決まりやすい。比較されても最後に選ばれる。紹介が生まれる。相場より高い価格でも「安心だから」と買ってもらえる。
こうした状態は、信頼が「対価」につながっている状態です。

そしてこの推進力が強い会社ほど、案件の幅が広がります。難しい依頼が増え、例外対応も増え、顧客の期待値も上がる。結果として、社長の元に判断が集まりやすくなります。ここから信頼は、次第に別の顔を見せ始めます。

②摩擦としての信頼

信頼が生まれてくると、受注も紹介も増え、案件の幅も広がります。ただ同時に、「失敗できない」という重みも増え、判断は慎重になり、例外や品質判断が社長に集まりやすくなります。

それが積み重なり、あるラインを超えると、信頼は「守るべきもの」になり、意思決定に摩擦を生じさせるようになっていきます。

誠実な社長、周りから信頼される社長ほど、判断の前にこう考えます。

  • ここで間違えたら、社員や取引先に迷惑がかかる
  • 一度失った信頼は、取り戻すのが何倍も大変だ
  • だったら、もっと材料を揃えてから決めたい

この慎重さ自体は、弱さではありません。むしろ強みです。
問題は、その慎重さが「社長個人の抱え込み」として現れるときです。

誠実で責任感が強いほど、最後は自分が調整役になってきたはずです。揉めそうなら間に入る。誰かが困るなら引き取る。現場が苦しいなら自分がテコ入れする。
それを繰り返すほど、会社は安定します。周りも安心します。

でも同時に、信頼が「社長個人」に集まりすぎると、社内に暗黙のルールが生まれます。

「こういう判断は、最後は社長に任せよう」
「決めていいかどうか、最後は社長が決めてくれるはず」

すると何が起きるか。社長の周りに、こういう現象が出ます。

  • 報告が社長に直で集まる(上長を経由しない)
  • 会議は「報告」だけで終わり、「次の一手」が決まらない
  • 「決められる人」「決めるための材料を持つ人」が揃わず、結局持ち帰りになる
  • 社長がその後、個別に調整して回ることで何とか回ってしまう

この流れが定着すると、社長の判断は増え続けます。
信頼があるのに動けないのではなく、信頼が社長だけに集まりすぎて、動けなくなる。これが、信頼が摩擦に変わってしまった状態です。

③信頼の分散・組織化

では、どうすればいいのか。
ここで「もっとドライに割り切れる強い社長に」と言うのは簡単ですが、たぶん続きません。誠実さを削った瞬間に、あなたの会社が積み上げてきた強みが揺らぐかもしれませんし、何よりあなたが目指すのはそこではないはずです。

必要なのは性格の改造ではなく、仕組みの設計です。信頼を摩擦にしないためには、「信頼を社長一人で抱え込まない構造」を作る必要があります。

ここで大事なのは、摩擦をゼロにすることではありません。摩擦が“社長に戻って止まる状態”をつくらないことです。

そのための鍵が、分散組織化です。

分散とは、信頼を担保する仕事を「社長の腕力」から切り離し、社内に役割として配置することです。たとえば、品質判断、顧客対応、例外処理、リスク確認、条件整理。こうした“信頼を守るための判断の前工程”を、担当と型に落としていきます。

ただ、分散だけでは不十分です。分散だけを先に進めると、判断基準が人によって揺れたり、例外が増えたりして、結局また社長に判断が戻ってきます。ここで必要になるのが組織化です。

組織化とは、判断の際の「場と基準」を固定することです。
決める場(定例会議など)を定め、判断基準と権限を明文化し、報告経路を設計して、「社長に直で戻る入口(例外・直報)」をできるだけ塞ぐ。
こうして初めて、信頼の担保が「再現性」を持つようになります。

組織で信頼の担保ができるようになればなるほど、社長がゼロから考え、自ら手を動かす時間が減り、決断の質と速度が上がっていきます。
基準と役割が揃えば、任せられる範囲が広がり、信頼が社長個人ではなくプロセスに宿っていくようにもなります。

こうして分散と組織化が回り始めると、会社は「社長のエネルギーの限界」という制約から解き放たれるうえ、そのエネルギーが火消しや調整から、戦略・採用・育成・営業など価値を生む仕事へ戻っていきます。

その結果、品質と対応が安定し、顧客の安心が強まり、受注・価格・紹介がさらに強くなる。
信頼が対価になり、その実績がまた信頼を積み上げる。このループが回り始めると、信頼を成長エンジンに変えることができるのです。

信頼の分散・組織化メカニズム

信頼は、守るために抱え込むほど重くなる。
でも、預けて、組織全体で育てていけるようになると、信頼は会社の成長を牽引する最も重要な資産になります。

判断疲れは、社長の能力不足のサインではありません。
むしろ「会社が次の段階に進むために、信頼の担い手を変える時期が来ている」というサインともいえるかもしれません。

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著者プロフィール

トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

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トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
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価 格:¥2,200 (税込)
発売元:日本コンサルティング推進機構


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