第113回 大きな投資は、「覚悟」ではなく「具体化」で決める

大きな投資を検討する際、必要なのは覚悟ではなく、「何が満たされれば回るのか」を具体的に可視化することです。
「あの設備を入れれば、できることが一気に広がるんです。ただ、金額が金額なので・・・」
こうした相談を、これまで何度も伺ってきました。必要なことは、本人が誰よりもわかっています。今の設備では受けきれない引き合い、古くなって手のかかる既存のライン、増やせない生産量。それでも、年商の何分の一にもなる金額を前にすると、話は毎年「もう少し様子を見てから」で終わります。
こうした社長の多くの日々の判断は、決して遅いわけではありません。仕入れも、採用も、トラブル対応も、スピード感をもって決められている。しかしその社長であっても、大きな投資だけは何年も持ち越したりします。
理由は単純で、日々の判断はやり直しがきくが、大きな投資は後戻りできないからです。だから慎重になること自体は別に間違いではありません。ただ、慎重になったときに何を考えているかはしっかりと見極めたいところです。多くの場合、頭の中にあるのは「うまくいくだろうか」という問いですが、漠然と不安がっていても何も進みません。何年考えても結論が出ない原因は、決断力の問題ではなく、その問いを答えの出にくいままにしているからです。

「うまくいくか」を、「どうすれば回るか」に変えていく
ある会社は、大型の生産設備を新たに導入すべきかどうか、という判断を長く抱えていました。導入すれば生産能力は大きく上がり、これまで断っていた仕事も受けられる。ただし金額は、社歴の中でも例のない規模です。この会社が最終的に行ったのは、覚悟を決めるという精神論ではなく、投資のシナリオを何通りか置いて、比較することでした。
早期に思い切って導入する案。数年遅らせる案。能力を抑えた設備から段階的に入れる案。手持ちの資産を売却して備える案。それぞれについて、借入を返しながら手元資金がどう推移するかを試算します。すると、今の利益率のままでは、早期に導入した場合に手元資金が最低ラインを割り込む時期が出る。一方で、利益率をあと数ポイント上げられれば、資産を手放さずに導入まで進められる。そのことが、数字で見えました。
試算と聞くと、精密な将来予測を思い浮かべて身構える方もいるかもしれませんが、未来の数値を言い当てることが目的ではありません。「守るべき下限値」、たとえば「手元資金は費用の数ヶ月分を下回らせない」といったラインを決めて、各シナリオがその線を割るのか割らないのか、割るとすればいつなのかを見比べます。案どうしを比べて危ない時期を突き止めるための試算ですから、前提や試算は多少粗くても十分役に立ちます。
できる範囲での試算を行っていくと、「できるかどうかわからない投資」とぼんやり考えていたものが、「利益率を○%まで上げられれば、実行できる投資」という風に、道筋立てて描けるようになります。このように、成功に向けたステップを1つひとつかたちにしていくと、判断は確実に前へ進みます。「やれるかどうか」を漠然と案じる状態から、「これが満たされればやれる」と言える状態になるのです。
「うまくいくだろうか」が未来の不確実さのなかで出口の見えない問いだったのに対し、「何が満たされれば回るのか」は、自社で動かせるものに対する問いです。問いの方向性を変えるだけで、同じ投資が実現可能なものになっていきます。
ステップが見えると、投資は現実的になる
条件が具体的になると、もう一つ大きなことが起こります。投資が「いつか先の話」ではなくなるのです。
利益率をあと数ポイント上げるには、何が要るのか。更新時期を迎える契約の価格をどこまで見直すか。新規の獲得を何件積むか。経費のどこを締めるか。将来の投資から逆算して、今期の営業目標や価格方針が決まっていきます。そうすれば、今日から投資に向かって経営を動かし始めることができます。ただ先送りしている状態と、具体的な成功条件を満たしにいっている状態とでは、挑戦への実行力・推進力がまったく変わってくるのです。
社内への伝わり方も変わります。値上げや経費の見直しは、それ単体で号令をかけると「また締め付けか」と受け取られかねません。けれど「あの大型設備の導入を実現するために、利益率をここまで持っていく」といった文脈があれば、日々の改善は将来の投資とつながりのある仕事になります。目的のある数字は、社員にとっても追いやすいものです。
外部の組織、例えば金融機関との話し方も変わります。「いくらまで借りられますか」と漠然と伺いを立てるのではなく、「この条件が満たされたら実行できます。返済スケジュールはこう組みたい」というように、こちらの計画を軸に相談ができます。そうなれば担当者も稟議に向けての組み立てをしやすくなりますし、借入金利が上がってきた今の局面では、金額だけでなく返済の設計まで含めて話せることの価値は以前より大きくなっています。
「決断力がある」と言われる経営者が、常に特別な胆力の持ち主かというと、必ずしもそうではありません。決断が速い人は、たいてい判断の材料の置き方がうまいのです。覚悟は、条件が見えたあとに自然とついてきます。
もし、何年も持ち越している投資があるなら、「やるか、やらないか」をいったん脇に置いて、「何が揃えば、やれるのか」を紙に書き出してみてください。シナリオごとの資金の試算は、外部の専門家の力を借りることもできます。そうして書き出しされた具体的なステップは、そのまま経営計画の骨子にもなりえます。条件を数字にすることで、止まっていた案件の判断軸がかたちになり、経営を動かす最初の一歩になるのです。
あなたの会社の「いつかの投資」は、条件になっていますか?
□ 必要だとわかっている投資を、金額の大きさを理由に何年も持ち越している
□ 投資後の手元資金の推移を、複数のシナリオで見比べたことがない
□ 「何が満たされれば踏み切れるか」と聞かれて、数字で答えられない
1つでも当てはまったなら、考えるべきは「やるかどうか」ではなく、「何が揃えば、やれるのか」なのかもしれません。

著者プロフィール
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
社外経営企画室長・経営企画パートナー。
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

著者プロフィール
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
社外経営企画室長・経営企画パートナー。
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

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発売元:日本コンサルティング推進機構



