第107回 「ある」と「機能している」は、別の問題である

作った仕組みが、確かに存在はするものの実は機能していない・・・こうした「形が整っただけ」の状態を解消させるには、経営者自身が仕組みを動かす絵を描き、働きかけることが大切です。
先日、ある中小企業の経営者との会話のなかで、社内のBCPに話が及んだことがありました。「うちもBCPはちゃんと用意してありますよ」との社長のお言葉。流れの中で「避難経路も決まっています」「マニュアル類も揃っています」と、有事の際の準備状況にも自然と話が広がっていきました。一見、頼もしい答えです。
詳細を伺いたいと思い、その後顔なじみの担当者にも声をかけてみました。「公共の避難場所はどこかご存知ですか」「ご自分の名前が載った緊急連絡網、最近見ましたか」と尋ねたところ、返ってきたのは「ええと、たしかどこかに貼ってあったような」「私のところには回ってきていないですね」という反応でした。社長ご自身も、ここで「あれ、どうなってたっけ…」と表情が変わります。
あらためて確認してみると、書類は確かに整備されていて、担当者も丁寧に手入れをしている。しかし、その中身は他の社員には届いていない。社長自身も、現場に問いかけて初めて気づく・・・ こうした場面は、決して少なくありません。
そしてこれは、BCPに限った話でもありません。経営計画、人事評価制度、社内マニュアル、各種の運用ルールなど、社内に整備されたあらゆる仕組みで、同じことが起こりえます。このズレは、悪意や怠慢から生まれているわけではありません。むしろ、仕事のできる担当者がいる会社ほど、書類自体は美しく整っているがゆえに、その内側に「動いていない」という事実が隠れていくことさえあります。
「形だけ整う」は、なぜ起きるのか
社内の仕組みは多くの場合、組織内の特定の担当者によって整備されます。総務、経理、人事、経営企画、品質保証、安全衛生・・・ 担当者は中身を考え、他部署と調整し、決裁をとって文書にし、フォルダに保管します。ここまでやれば、担当者の仕事はひと区切り、となりがちです。
そしてここから先、つまり社員への周知、運用設計、機能検証、定期的な見直しについては、担当者のエネルギー量が低下し、十分に実施されないことがよくあります。ルールや仕組みを作るところまでが自分の役割で、それを動かすところはそうではない。あるいは、「会社のルールになったのだから、あとは当然全員が実行すべきだ」と思ってしまうこともありますし、「本音をいえばそこまでやるのは正直面倒」「踏み込んで誰かに何かを言われたくない」という感情も生まれるのかもしれません。
周りからの関心についても同様で、仕組みができるまでは逐一報告が求められていたものの、ひとたびできてしまえば、あとの維持や管理については誰からも何も言われなくなったりもします。これは担当者個人の問題というより、組織として運用の設計・実行までが業務として認識されていないことの結果です。
経営者の側も、「〇〇の仕組みはありますか」と問われて「あります」と答えられることに、ある種の安心感を覚えます。整備されたという事実だけで満足することなく、それが日々動き、改善されているかまでを確かめなければ、形だけの整備で止まってしまうのです。
「機能している仕組み」に共通する3つの工夫
動き続ける仕組みには、多くの場合、以下のような工夫が見られます。
第一に、作る責任だけでなく動かす責任を、役割として組織に組み込み、そのうえで担当する個人の目標管理・人事評価まで落とし込んでいます。「総務の管轄」と組織に丸投げするのでも、「○○さんが担当だから」と特定個人に押し付けるのでもありません。BCPであれば、「四半期に一度の机上演習」「年に一度の連絡網更新」「訓練後の振り返り報告」といった具体的な行動が、組織の役割として明確に切り出されます。
そして、個人の年度目標と人事評価のシートにも、組織の役割に紐づく行動が記載されています。誰が、いつまでに、何を実行し、その結果がどう評価されるかが明確になっているからこそ、組織と個人が同じ役割を共有して動けます。仮に個人が異動・退職しても、後任が同じ役割を引き継いで動かし続けられる構造になっています。
第二に、整備した仕組みの運用を、経営として定期的にチェックするプロセスが社内に置かれています。BCP、経営計画、評価制度、マニュアル類など、整備された仕組みについて、運用状況を担当者任せにせず、社長や経営層が直接目を通す場を持つということです。「その仕組みからアウトプットが生まれているか」「動かしてみてどうだったか」「動かしていない場合、それはなぜか」を、半期や年に一度ぐらいの頻度で、経営層が問う機会を確保しておくということです。
担当者任せにしておくと、報告のタイミングも内容も担当者の裁量に委ねられ、「動いていない」という事実は経営層まで上がってきませんし、高い確率で形骸化します。経営として運用を確かめる機能が社内にあるからこそ、整備された仕組みは生き続けますし、必要な指摘を通じて、より活きたものに育っていきます。もちろん、1から10まですべてを確認・指示することは現実的ではありませんが、経営者が関心を持つかどうかで、仕組みの活用度合いは大きく変わってきます。
第三に、失敗が次の改善の推進力になる仕組みを置いています。訓練で連絡が回らなかった、避難経路が現場の動線と合わなかった、判断者が不在で動きが止まった・・・こういうケースは実際に起こりえます。しかし、仕組みが機能する会社では、こうした出来事を担当者個人の責任問題のみで終わらせません。訓練後に「今回うまく動かなかった点」をまとめて改訂版に反映する、といった取り組みが大切です。失敗が「責められる対象」から「次の改訂のネタ」として扱われる風土が培われていれば、現場は安心して問題を報告することができ、その結果、仕組みやルールは現実に合わせて進化します。

「動かす設計」は、社長が行う
ここまで挙げた3つの工夫は、いずれも担当者一人では実装できません。役割を組織に組み込み、個人の業務目標と人事評価まで落とし込むには、業務分掌と目標管理の設計を最適化する必要があります。また、整備された仕組みが本当に動いているかを確認するには、社長や経営層の側から経営会議等で報告をさせるのがやはり効果的です。
そして、失敗を改善の起点として扱うには、「仕組みやルールをより良いものにしていくという意志」や、「機能しなかった事実を責めない姿勢」を社長の側から示すことも大切になるでしょう。整える仕事を担当者に委ねるのは構いません。しかし、その先の動かす設計まで担当者に丸投げしてしまうと、やがて仕組みやルールは推進力を失い、形だけの整備で終わってしまうのです。
社長として、自社の仕組みやルールをどう点検するか。出発点になるのは、次の3つの問いです。
□ 自社で整備した仕組みのうち、運用責任者と判断者が組織のなかで明確に位置づけられているものはどれだけあるか
□ それらが実際に動いているかを、経営として定期的に確かめる場があるか
□「うまく動かなかった」という事実が、過去に実際の改訂や改善につながった例はあるか
3問とも「はい」と答えられる仕組みは、おそらくある程度きちんと動いています。逆に、1つでも答えに詰まる仕組みは、形だけの整備で止まっている可能性が高い。新しい仕組みを増やす前に、まずこの空白に目を向けてみる。それが会社として仕組みやルールを動かしていくことにつながるのだと思います。
「あります」と答える会社から、「機能しています」と答えられる会社へ。その分岐点は、新しい仕組みを足す力ではなく、すでにある仕組みについて、この3問に答え切れるかどうかにかかっています。

著者プロフィール
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
社外経営企画室長・経営企画パートナー。
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

著者プロフィール
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
社外経営企画室長・経営企画パートナー。
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ポイント2:信頼を効率的に対価に変える戦略の描き方
ポイント3:信頼を可視化・証明する仕組みの作り方
ポイント4:信頼から確実に対価を得るための訴求のやり方
ポイント5:信頼活用に向けた社内の意識改革のやり方
価 格:¥2,200 (税込)
発売元:日本コンサルティング推進機構

