第114回 社長が「人に聞いて回る」のは、弱さではない

大きな判断を前に、他人に聞いて回ることは「決められない弱さ」ではありません。集めた意見に、自分の明確な軸に通せたとき、それは強みに変わります。
「会長なら、こういうときすぐ決めていたと思うんです。私はどうしても、色々な人に聞いてからでないと決められなくて・・・」
事業を継いで数年の社長から、こうした言葉を伺うことがあります。大きな設備投資、これまでにない規模の取引、新しい事業への一歩。金額も影響も大きい判断を前にすると、同業の先輩を訪ねたり、専門家に相談したり、金融機関にも訪ねたりと、ひととおり聞いて回ってから、ようやく判断に入る。
そしてその過程で、多くの承継社長が後ろめたさを口にします。自分ひとりで決めきれないのは、「経営者としては頼りないのではないか」と。
なぜ「聞いて回る」ことが、頼りなく感じられるのか
背景にあるのは、「社長とは即断即決するものだ」という経営者像です。とりわけ会社をゼロから立ち上げた創業者は、その場で決めて前に進む姿を見せてきた人が少なくなかったはずです。二代目社長は、その姿を誰よりも間近で見ています。だから自分が迷うたびに、先代との差を感じます。
創業者の即断は、何もないところから生まれていたわけではありません。長い年月、現場で判断を重ねてきた蓄積が、その人の中にあります。「この取引先はこう来る」「この時期はこう動く」といった感覚は、失敗も含めた経験の厚みからきています。
一方、承継したばかりの社長は、当然その蓄積を持っていません。持っていないものを頼りに即断するほうが、かえって危うい。足りない蓄積を外から補うために他人に尋ねるのは、一見頼りなく見えても、理にかなった判断の仕方です。
ただし、聞いて回ることには落とし穴があります。相手が変われば、言うことも変わる。同業の先輩は「まずは小さく始めたほうがいい」と言い、専門家は「どうせやるなら一体で構えたほうが効果は大きい」と言う。金融機関はまた別の観点から意見を述べる。どれも、その立場から見れば正しい。集めれば集めるほど、”正しい”意見が増え、かえって判断が定まらなくなる。そんなこともよくあるようです。
集めた声を、自分の判断軸に通す
では、「聞いて回ること」を、「頼りなさ・非効率」ではなく、「自身の強み・経営スタイル」とするにはどうすればよいのでしょうか。
聞くことを強みに変えるための分岐点は、集めた声をそのまま並べて多数決にするのではなく、自分の判断軸に通せるかどうかにあります。
ここでいう「軸に通す」とは、一つひとつの意見を「自社は何を大事にし、どこへ向かうのか」という自分の基準に照らして、採用すべきかどうか、どれだけ重視するかを自分で判断し、選び取っていくプロセスです。この基準を通した結果として、それぞれの意見は「従うべき正解」ではなく、判断を組み立てる1つの要素に変わります。決め手になるのは、声の多さ、すなわち情報量ではなく、自分の基準がいかに明確に定まっているか、ということです。
その基準の中身は、突き詰めれば「会社をどんな形にし、どこへ持っていきたいのか」という経営の目的ともいえる部分です。ここがあいまいなまま意見を集めると、一つひとつの助言に引っ張られ、話を聞くたびに気持ちが揺れます。目的がはっきりしていれば、同じ助言でも「うちの狙いに合う、合わない」という判別とともに受け止められる。正しい意見だからといって、自社の目的に合うとは限りません。だからこそ、聞きに行くより先に、この目的を自分の言葉で明確にしておくことが重要です。
そのうえで、集めた意見を自社の実情や数字と照らし合わせて確かめます。「小さく始めるべき」という助言も、「一気に構えるべき」という助言も、抽象論のままでは比べようがない。それぞれを、実行可能な施策や自社の資金繰り・利益の見通しに置き換えてみて初めて、どちらが自社にとって現実的かが見えてきます。
こうして目的と数字を軸に束ねた判断は、「先代の勘」とは別の強さを持ちます。一人の頭の中にある勘は、その人にしか使えず、なぜそう決めたのかを説明しづらい。複数の視点を自分の軸で束ねた判断は、決めた理由を人に説明でき、次の判断にも使える。これが、会社が個々人の器の範囲に収まるか、組織化して成長できるかを左右するひとつの要因にもなりえます。

だから、大きな判断を前に人に聞いて回ること自体を、恥じる必要はありません。ただ、「聞いて回る」で止めないことが大切です。誰かに相談する前に、「この判断は何のためにするのか」を言葉で具体化しておく。そのことが、集めた声を、正しい判断に導く軸になります。
あなたは、集めた意見を「自分の軸」に通せていますか?
□ 大きな判断ほど、相談するたびに気持ちが揺れて、なかなか定まらない
□ 他人に聞く前に「何のために聞くのか・決めるのか」を、自分の言葉で置けていない
□ 判断の際に、自社の数字(資金繰り・利益)を活用できていない
1つでも当てはまったなら、足りないのは決断力ではなく、集めた声を通すための「軸」なのかもしれません。

著者プロフィール
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
社外経営企画室長・経営企画パートナー。
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

著者プロフィール
トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人
社外経営企画室長・経営企画パートナー。
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発売元:日本コンサルティング推進機構



