第116回 経営理念が浸透しない部署に足りないもの──職種ごとの「翻訳」という着眼点

経営理念が浸透しない部署に足りないもの──職種ごとの「翻訳」という着眼点

理念が浸透しない原因は、語りかけの熱量や回数だけでなく、職種や事業ごとの偏りにあるかもしれません。理念を個々の業務に翻訳する役割は、社員ではなく、まずは会社が担うべきです。

「理念はね、現場の技術者にはよく伝わってるんです。ただ、営業や事務になると・・・正直、他人事という感じなんですよね」

経営の中核として経営理念を掲げ、事あるごとに語り、面談の仕組みまで整えてきた経営者のお話です。理念に沿った個人目標を立てようと呼びかけると、技術畑の人はそれなりに作ってくれるものの、営業や総務の担当者は手が止まり、どこかピントのずれたものになる。日々の仕事ぶりに不満はないけれども、理念の話になると、蚊帳の外になってしまう社員がいる。

なぜ、こうした偏りが生まれるのでしょうか。

目次

理念が浸透しないのは、伝え方の問題とは限らない

理念が浸透しないと感じたとき、まず疑われるのは伝え方です。語る回数が足りない、言葉選びが難しい、対話の場がない。そうしたケースも確かにあるでしょう。ただ、部門によって浸透に偏りがある場合は、別の原因を疑う余地があります。理念の言葉そのものが、特定の職種に向けて書かれている、というケースです。

経営理念は多くの場合、創業の原点や、事業の中核にある価値から生まれます。製造業なら、ものづくりへの誇り。専門サービス業なら、プロフェッショナルとしての矜持。「確かな技術で応える」「最高の品質を届ける」といった言葉が理念に選ばれるのは、自然なことです。

そして、心に残る理念ほど、言葉が具体的です。当たり障りのない標語では、誰の記憶にも残らないからです。ところが、具体的で強い理念ほど、そのまま自分の仕事に重ねられる社員の範囲は狭くなります。「確かな技術」という言葉なら、技術者は「今の案件の仕上がり」「次に身につける技能」といった目の前の仕事に、そのまま引きつけて考えられます。理念の言葉と日々の業務が重なっているからです。一方、営業や経理が自分の仕事につなぐには、間に一段の翻訳を挟む必要があります

この翻訳は、たいてい社員個人に任されています。任された社員が行き着く先は、おおむね2つです。1つは、世間一般の理想像に置き換える道。理念の中に自分の仕事への手がかりが見つからないため、代わりに「一流の営業」「一流の経理」という社外の一般像を頼ることになる。すると目標欄には、「提案力を磨く」「お客様から頼られる存在になる」といった、どの会社にも当てはまりそうな言葉が並びます。一見立派ですが、明日の仕事で何を変えるのかは、この言葉からは出てきません。そして、それは世間一般の理想像であって、自社の理念を自分の仕事に翻訳したことにもなっていません。

もう1つは、理念と業務を切り離す道。理念は壁に掛かった言葉として暗記する、仕事は仕事と割り切るということです。どちらの道も、まじめに考えた末に行き着くものです。本人の姿勢を疑う前に、翻訳に使える材料を渡していたかどうかを、確かめる必要があります。

翻訳は、社員の宿題ではなく会社の仕事である

対応としてまず思いつくのは、理念を書き換えて、どの職種にも当てはまる言葉にすることかもしれません。しかし、誰にでも当てはまる言葉は、今度は誰の心にも強くは残りません。中核の職種に刺さっている言葉を薄めるより、言葉はそのままに、職種ごとの翻訳を足す方が現実的です。

そして、その翻訳作業は会社の側がリードすべきです。理念がその職種でどう体現されるのか、経営者がその職種に何を期待しているのか。翻訳にはこうした材料が必要です。そして、それを持っているのは経営者や管理職であって、社員個人ではありません。

翻訳といっても、新しい言葉を作る必要はありません。手がかりは、自社の業務のなかにすでにあります。理念が体現された実際の行動を、職種ごとに拾い上げるのです。経理なら、ミスの報告を受けて再発を仕組みで防いだ、といった事例。営業なら、受注を急がずに顧客の困りごとを聞き切った、といった事例。こうした実例を示せれば、「一流の経理」といった漠然とした表現よりもはるかに具体的に、目指すものが伝わります。

なお、会社によっては事例のみならず、手本となる社員を名指しする方法も考えられますが、人を選ぶと序列や優劣の話になりやすく、その人のすべてを真似るのも難しいものです。行動なら誰の仕事からでも拾えますし、いくつ挙げても構いません。

また、この行動・事例選び自体を部署に委ねる方法もあります。「うちの部署の仕事で、理念が表れている場面はどれか」を、部署内で議論して選んでもらうのです。社員は議論の中で、理念を自分たちの仕事の言葉に置き換えることになります。この過程そのものが翻訳作業です。その場合の会社の役割は、議論の場を設けること、経営者の考えを判断材料として渡すこと、そして出てきた解釈を確かめることになります。

理念が表れた行動を挙げようとして手が止まる職種があれば、それ自体が収穫です。その職種で理念がどう体現されるのかを、会社がまだ描いたことがなかったと分かるからです。まさしく、浸透が止まっていた箇所を特定する作業になります。

職種ごとに、一つの問いを試してみる

理念の浸透度を測るために、大がかりな社員調査は要りません。経営者自身が、職種ごとに同じ問いへ答えてみるだけで、おおよその見当がつきます。「経理の仕事で、うちの理念が体現された瞬間は、どんな場面か」。営業でも、製造でも、同じ問いを立ててみる。

納得感のある答えが出てくる職種・組織には、理念が届いています。答えに詰まる場合は、そこが翻訳が必要な場所です。語る回数を増やすだけでなく、翻訳を一つ作ってみる。それが、理念を全社のものにするために、有効な手段となりえます。

職種ごとに、一つの問いを試してみる

あなたの会社の理念は、どの職種にも届いていますか?

  • 理念を、営業・製造・経理などそれぞれの仕事の場面に置き換えて語れますか?
  • 「これはうちの理念そのものだ」と言える行動や場面を、職種ごとに挙げられますか?
  • どの部署の社員も、理念とつながった自分の目標を立てられていますか?

一つでも手が止まった問いがあれば、そこが浸透の急所です。まずは答えに詰まった職種・組織をひとつ選び、その仕事で理念が体現された場面を言葉にしてみることが、浸透の次の一歩になります。

当社では、中小企業の「社外経営企画パートナー」として、理念やビジョンを社員に届く言葉と仕組みに落とし込む取り組みを、社長と一緒に進めています。

ご関心のある方は、メールマガジンで関連するヒントを定期的にお届けしています。

👉 メールマガジンの登録はこちら

メルマガ登録はこちら!

専門家インタビュー(外部サイト)

著者プロフィール

トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

著者プロフィール

トラスタライズ総研株式会社
代表取締役 池尻直人

社外経営企画室長・経営企画パートナー
独自の「トラスタライズ手法」を用いて、見えない信用や信頼を、目に見えるカタチに変え、対価へと変えることで多くの経営者から注目を集めている。企業経営において社会・顧客双方の価値の創出が求められる時代にあって、顧客企業が持続的に成長し、信頼を築き上げていけるよう、経営企画機能を伴走型で提供している。

最新刊
企業の信頼を対価に変えて収益性を大きく高める「トラスタライズ」5大ポイント

自社が大切にしてきた「信頼」や、潜在的な無形の価値を、どうすれば大きな対価に変えて収益をあげていくことができるか…。
信頼を対価に変える独自メソッド「トラスタライズ」の手法で企業のこれまでになかった収益の上げ方を提示する専門家が、その具体的なポイントを社長の視点で解説した実用書。

目次
ポイント1:「対価に変えられる信頼」の見つけ方
ポイント2:信頼を効率的に対価に変える戦略の描き方
ポイント3:信頼を可視化・証明する仕組みの作り方
ポイント4:信頼から確実に対価を得るための訴求のやり方
ポイント5:信頼活用に向けた社内の意識改革のやり方

価 格:¥2,200 (税込)
発売元:日本コンサルティング推進機構


セミナー情報はこちら

信頼を対価に変えるトラスタライズ・セミナー

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次